◎18年5月


ふたりみちの表紙画像

[導入部]

 67歳のゆかりは函館の五稜郭近くに「野ばら」というスナックを構えている。 19歳でミラクル・ローズという芸名で歌手としてデビューしたが、レコード会社との契約が切れるまでの10年間、シングルを7枚出しながらヒット曲と呼べるのは「無愛想ブルース」一曲しかない。 今日は「ミラクル・ローズが唄う昭和歌謡ショー」と銘打ったコンサートのため、青森県内陸部の村に向かって津軽海峡のフェリーに乗っていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 長く活動を休止していたムード歌謡の歌手がある事情から全国ドサ回りのツアーに出るのだが、12歳の家出少女と旅を伴にすることになり・・・という、いわばロードノベル。 全国あちこちを回るので人も場所も変わるのだが、そこでの展開がどこの場所でも似たようなものになってしまい、変化があるようでないのが残念な物語。 主人公が過去を振り返る感傷的な面もある、老若二人の珍道中的なテンポの良いハートウォーミングな話だが、もうひとつ盛り上がらず。


乗客ナンバー23の消失の表紙画像

[導入部]

 危険な任務を終えたばかりの囮捜査官マルティンのもとに突然女から電話が。 “海のスルタン”という名の豪華客船への乗船を促してきた。 マルティンは血の気が引き、一気に脈が上がった。 5年前、そのクルーズ客船に乗っていた妻は客室のバルコニーから海へ飛び込んだ。 そして飛び込む前に息子の顔にクロロホルムを湿した布を押しつけ海に落としたのだ。 マルティンは心底憎むこの船に足を踏み入れる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 謎また謎、主人公同様、読み手もなにがなんだか分からないまま次々に展開する謎の場面に翻弄される。 複数のプロットが転換しながら語られるので、気を抜くと訳が分からなくなるようでなんとか物語についていく状態だが、それでも“えっ”“あっ”という場面がいくつもある。 おまけに作者による謝辞の後にまた一転、これは楽しい。 航行する豪華客船の中でのミステリーは面白いが、ただ扱っている犯罪の内容がおぞましいものなので点数を下げた。


にらみの表紙画像

[導入部]

 刑事の片平は署内の取調室で被疑者の保原と向き合っていた。 片平は4年前、法廷で顔を合わせたことがあると告げる。 保原が事務所荒らしで懲役五年の判決を受けた地裁の傍聴席でのこと。 片平はそこに“にらみ”に行っていた。 被疑者が供述を翻したりしないよう傍聴席最前列から捜査官が無言で睨みを利かせるのだ。 保原は仮釈放後半年も経たないうちにまた逮捕され片平が取り調べることになった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 30ページ程度の推理短編7編。 いずれも読みやすく気楽に楽しめる作品で、幕切れが謎解きで終わるわけだが、中にはちょっと強引というか苦しいものもある。 冒頭作の「餞別」は珍しいパズル仕立てでその点は面白いが、それを動機に絡めるのは少々無理があるような作品でした。 表題作の「にらみ」は収録作の中では最も短いが、切れ味を感じさせるつくりで、カバー表紙絵も大胆だ。 無駄なくまとめた作品集だが、全体としてインパクトが強くない。


14歳のバベルの表紙画像

[導入部]

 中学生の冬人は学校からの帰路、歩道橋の上に同級生の冬柴拓海の姿を見つける。 拓海はなぜか日頃から冬人を目の敵のようにしている。 冬人は歩道橋下に逃げ込むが、冷や汗が全身を濡らし気を失ってしまう。 広大な空間の中で何かの作業をする十数人の女性。 そして威風堂々と歩く美しい少年。 そんな夢の後、冬人は近くの病院で意識を戻す。 そこは地下三階、薬草研究をしている医師の診察室だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 古代シュメール人が登場するサスペンスフルなファンタジードラマ。 何らかの大規模テロ事件によりネット社会から離脱し居住範囲の狭まった日本が舞台。 古代王国と現代というスケール感の大きな設定だが、話の展開が日本のごく一部地域で、古代人の企ても意外にこじんまりとした現実味に乏しい手法なのはちぐはぐな感じ。 物語は前半はファンタジー色が強くてなかなか先が見えてこないが、後半はタイムリミットが設定されかなりの盛り上りを見せる。


隣のずこずこの表紙画像

[導入部]

 中学3年のはじめはゴールデンウィークをいいことに朝寝坊を続けて頭がぼやっとしている。 姉のひとみは隣隣町の玉留高校に先月入学した。 ここ矢喜原は隣町も山一つ隔てたようなところで、姉は玉留で一人暮らしを始めたが連休で帰省した。 四人しかいない同級生のひとり綾子から、権三郎狸が来ているという電話が。 権三郎狸の話はこの地方に伝わる昔話だ。 その権三郎狸の本物を綾子は見たと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 復活した日本ファンタジーノベル大賞の2017受賞作。 村を出て行くときに村人みんなを呑み込み、村を焼き尽くすという伝説の狸が現れ、1か月という期限が設定された田舎町の混乱が、ひとりの女子中学生を中心に描かれる。 ファンタジーなので理屈も何もないが、運命を淡々と受け入れる田舎の人々同様、のんびりとした雰囲気で物語は展開する。 後半はえげつないホラーに変身。 消化不良になった点も多いが、怪作と呼ぶに相応しい作品だ。


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