◎19年4月


DRYの表紙画像

[導入部]

 北沢藍は結婚してから十年以上、祖母と母に会っていなかった。 父親には会ったことがない。 どこで自分の連絡先を知ったのか、弁護士を名乗る男が電話をかけてきた。 母が実家の台所で祖母を刺して留置場に入っている、と。 弁護士は、面会に来てほしいと言う母の要望を伝えてきた。 祖母は数センチの傷で、たぶん一週間くらいで退院だという。 警察署の面会室で母と会う。 母は昔から祖母とは仲が悪かった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主人公は不倫がばれて離婚し子供とも会えない女で、規範意識はまだ多少ともあったが、意識しないまま徐々に犯罪へと堕ちていく。 家族の諍いや貧困、介護といった社会の抱える問題を詰め込んだ物語で作者の新境地と言えよう。 孝行娘と評判だった隣の美代子が一番怖ろしいが、意外性はなかった。 全体に救いのない物語は中盤の山から一気に進んで読ませる話で、ちょっと
桐野夏生の「OUT」に似た作品だが、あそこまでの深さや衝撃はない。


怪物の木こりの表紙画像

[導入部]

 弁護士の二宮彰は足立区にある家に向かって車を走らせていた。 車載テレビからは都内で続いている連続死体損壊殺人事件の新たな被害者発見のニュースが流れている。 警察の検問を避けるため、二宮は大通りを外れる。 なぜなら車のトランクにある男の死体を乗せていたからだ。 2時間ほど前、二宮は尾行する車に気付いた。 相手はまず間違いなく素人だ。 ひと気のないところに誘い込み、縛り上げ脅した。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 殺人になんのためらいもないサイコパスの主人公と、連続死体損壊殺人犯との対決がメイン。 サイコパスだから殺人に特に理由もなくどんどん殺す、というのは物語の設定としてはちょっと狡いというか安易。 死体損壊も斧で殺し脳を持ち去るというおぞましさだが、描写不足でスプラッターホラーの域まではいっていない。 主人公と捜査側の女刑事の語りを交互にした構成は工夫されているが、女刑事に鋭さがなく大した進展もないので盛り上がらない。


荒野にての表紙画像

[導入部]

 15歳のチャーリーは父とオレゴンのポートランドに引っ越してきた。 母はおらず、父は気まぐれに女のもとへ行き家を空けることが多い。 今朝ランニングして家に戻ると見たこともない女がいた。 そして父はチャーリーに10ドル渡して、女と出かけていった。 父はその日も翌日も帰ってこず、食べ物も金もなくなり、チャーリーはスーパーで食品を万引きした。 チャーリーは競馬場で調教師の手伝いをすることになる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 孤独な少年が、処分されそうになっている競走馬と共に、たった一人の身内の叔母を訪ねるため、広大なアメリカを旅する。 ひもじさに耐えながら、唯一の友達の馬と、なりふり構わずその日を生きていく様子を描く典型的なロードノベル。 道中には良い人も悪い奴も次々に現れては去っていく。 これでもかというくらい試練の続く、つらく変化の激しい物語で、万引きや無銭飲食を繰り返しながらも純粋な心を失わない少年の過酷な旅路は、素直に感動を誘う。


1R1分34秒の表紙画像

[導入部]

 主人公は21歳のプロボクサー。 デビュー戦を初回KOで華々しく飾ってから、二敗一分けと敗けが込んできている。 試合前に連日みる夢のなかで必ず対戦相手と親友になってしまう。 研究肌の自分はビデオを見て対戦相手を分析し、ジム周辺の環境を Google Maps で調べあげ、ブログやSNSをチェックし、数年来の友だちより相手のことを理解したつもりになってしまう。 今度の対戦相手は近藤青志くんという。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 芥川賞受賞作。 若いボクサーの語りで綴られるのだが、プロボクシングの猛るようなインファイトの場面は前半に少しあるだけ、激するような場面も筆致は穏やかで、彼の内省的な独白がほぼ全編を占める。 ボクサーももちろん人間なので、前進、後退、喜び、苦しさ、いろいろなことを常に考えているはずで、そのあたりはよく表現されていると感じた。 ただこの主人公にはほとんど闘争心が感じられないが、本当のボクサーってそういうものなのだろうか。


マーダーズの表紙画像

[導入部]

 総合商社社員で28歳の阿久津清春は所属課の呑み会で同僚女性社員から彼女がいないことを揶揄される。 一次会で座を離れ、地下鉄表参道駅付近の路地裏を歩いていたとき、誰か、女に後をつけられている気配を感じる。 その時悲鳴が聞こえ振り向くと、女が男にナイフで切りつけられていた。 女は「助けて、阿久津くん」と叫んだ。 驚くが通行人に視線を向けられ、仕方なく揉み合う二人に向かって駆けた。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 徹底した娯楽活劇
「リボルバー・リリー」で大藪春彦賞を受賞した作者の最新作。 とにかく登場人物・関係者が非常に多くて、整理されないまま次々に話に出てくるので、読んでいて混乱するばかり。 人物関係がさっぱり掴めない状態なので、ただその場その場を消化していく読書になってしまった。 題名のとおり殺人者たちの現実離れした話だが、物語のテンポは速く、派手な場面も多いので、単純にクライムアクションを楽しめば良いのかもしれない。


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