◎6月


リボルバー・リリーの表紙画像

[あらすじ]

 関東大震災の翌年、秩父駅から続く道を家族が歩いて行く。 夫婦と二人の息子、十三歳の慎太と十一歳の喬太。 父親の細見欣也は東京で信託会社を経営していた。 裕福な家族だったが、震災の日に避難していた大勢の中から慎太の家族だけが陸軍の船とトラックで栃木県那須へ避難する。 ところがそのあたりから様子がおかしくなり、一家は東京に戻らず周辺の旅館や借家を転々とする生活が始まった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 序盤の背景・状況説明のあとは、細見慎太とリボルバー・リリーこと小曽根百合の二人が、帝国陸軍に加え動員された暴力団にも追われながら、秩父から霞ヶ関にある海軍省の建物を目指す戦いが最後まで続く。 500ページにわたるフルスピード、ノンストップのアクション物語だ。 諜報員として育成された百合はまだしも、13歳の慎太まで、数々の銃創を負いながらまさに不死身の戦いを繰り広げるのだが、徹底した娯楽活劇として楽しめば良いです。


彼女に関する十二章の表紙画像

[あらすじ]

 首都圏郊外の分譲マンションに住む五十歳の宇藤聖子、税理士事務所でパート中。 息子の勉はこの四月に地方の大学院に行ってしまい、初めての一人暮らしを始めた。 夫は都心部にワンルームを借りて零細編集プロダクションをしている。 今度、ある会社のPR誌を丸ごと一冊引き受けたのだが、創業者の会長から伊藤整の「女性に関する十二章」のような女性論を連載するよう依頼があったという。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 1954年刊行の伊藤整の「女性に関する十二章」の章立てをほぼそのままなぞった凝った構成のもと、現代の更年期世代の主婦を主人公に、彼女の日常の出来事が綴られていく。 主人公には老若男女いろいろな人が絡んできて、けっこう波乱に富んだ日々が描かれるのだが、比較的淡々とした筆致で軽快に流れるように物語は進む。 伊藤整作品とのシンクロはいまいちピンとこなかったが、適度なユーモアに満ちた読み心地のよい作品。


屋根裏の仏さまの表紙画像

[あらすじ]

 1900年代初め、夫となる男の写真と手紙を頼りにアメリカへ渡った日本の娘たち。 夫らは異国の地へ渡り、それぞれ成功を収めているという触れ込みだった。 苦しい航海を終え埠頭で待っていたのは、写真のハンサムな顔とは似ても似つかない男たち。 手紙は、夫ではなく、嘘をついて心をつかむのが仕事の人が書いたものだった。 帰りたいと目を覆う娘もいたが、皆は顔を伏せタラップを降りていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 100年ほど前、写真だけを頼りに、会ったこともない男と結婚するために海を渡った娘たちの、苦難と奮闘、そして今ではアメリカの最も暗い歴史のひとつとされた日系人強制収容までが描かれる。 文章は「わたしたち」という特定しない一人称複数の形で静かに綴られていく。 言葉の壁、白人社会でのあからさまな差別の中で、自分の、そして家族の生活を築き上げていく女たちの、諦念と力強さが簡潔な文章からしっかりと伝わってくる秀作。


砂丘の蛙の表紙画像

[あらすじ]

 石神井警察署の刑事、片倉康孝は停年も近く新人指導の役割が多くなっていた。 そんな折、神戸の水上警察署から、9年前殺人で逮捕され、最近出所したばかりの崎津直也が、神戸港内で死体で発見されたという知らせが。 片倉には崎津から、刑務所収監後に十数通の手紙を送られていた。 その晩、一人暮らしのマンションに戻り、玄関ドアを開けたとき、背後から刃物を持った男が飛び込んできた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 きわめてオーソドックスな警察の犯罪捜査もの。 丹念で地道な捜査がじっくりと綴られていく。 行きつ戻りつ、少しずつ核心に近づいていく捜査はリアルで、それなりにサスペンスを持って読ませるが、真相に目新しさがなく、そこまでと異なりばたばたと説明された感じだ。 今回に関連する9年前の事件には警察の捜査にも問題があり、結果として誤った決着もすんなり流されたという印象。 比喩的な作品名もピンと来るような来ないような…でした。


ささやかな手記の表紙画像

[あらすじ]

 テオ・ベランジェは19か月で暴力と奈落の底にいた刑務所を出所した。 彼は正真正銘のやくざ者だが、子供の頃からいじめられてきた兄のマックスに妻のリルを寝取られたため、マックスに激しい暴力を振るい実刑を食らったのだ。 テオは出所後すぐにマックスの療養施設へ様子を見に行く。 訪ねることは禁止されていたが、病室に入ると、話すことも体を動かすこともできない体で車椅子に座らされている兄がいた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 山奥の廃屋のような家で、老いた二人の兄弟に手首、足首に鉄輪をかまされて囚われ、強制労働を強いられた男の手記という形の物語。 帯に書かれたような「凄絶なサスペンス」も派手なシーンもほとんどない。 自由を奪われ、犬として扱われて食べ物もろくに与えられず、やがては怒りや脱出への意欲も絶え、生きていることの意味を考え出す主人公の絶望に満ちた独白が延々と続き、息苦しく辛い読書だが、でも読み進めてしまう、という作品。


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