◎16年4月


小松とうさちゃんの表紙画像

[あらすじ]

 小松尚は大学の非常勤講師。 三つの大学を掛け持ちして四コマを合計しても月収は十五万円に満たない。 50歳を過ぎて実家住まいの身だ。 新潟大学での講義に向かう新幹線が架線トラブルで停車していたとき、車中で一人の女性と言葉を交わす。 その女性は燕三条で降車したが、座席にスマホを忘れていった。 その後、彼女が家の電話からスマホにかけてきて、明日大学まで取りに伺うと告げた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 表題作の中編と1短編に中編のもとになった掌編の3作。 五十過ぎの男女の不器用な恋愛模様が綴られる軽妙な作品で、絲山秋子の作品としては先月の
「薄情」よりもユルさが本来の作者らしい。 物語は他の絲山作品同様、相変わらずもったいないと思うほどさくさく進んでいき、終盤にはなかなかドラマチックなところも見せてくれる。 ”うさちゃん”が小松の飲み友達の男だったのがちょっと意表を突かれたな。 実験作めいた短編の不思議さも良い。


レプリカたちの夜の表紙画像

[あらすじ]

 往本が工場の品質管理部に配属されてから一週間後、「朝食までには帰る」と言い残して部長は姿を消した。 あれから3か月、いまだ連絡はない。 部長不在のため往本は仕事がたまり、残業で残っていた夜中の12時過ぎ、暗い構内の成型部にシロクマはいた。 稼働中の成型機の前に立ち、機械をのぞき込むような格好をしていた。 工場で製造しているレプリカだと思ったら、シロクマはまばたきをした。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 第2回新潮ミステリー大賞受賞作。 新潮社のミステリといえば1980年代後半に逢坂剛や佐々木譲などの傑作ミステリが次々に刊行されたのを思い出すが、本作はそういったミステリ然としたものとは全く趣が異なる。 怪奇、幻想、ファンタジー、SFなどといったさまざまな要素を持った作品世界と言ったら良いのか。 引きつけるところがあると言えばある、でも面白いのかどうかもよく分からない、この本自体がミステリという感じでした。


五色の虹の表紙画像

[あらすじ]

 著者は朝日新聞社の都内版担当記者として新潟から赴任直後、面会希望の電話を受けた。 その人は自転車でシルクロードを横断している団体所属で、中央アジアのキルギスに敗戦後日本兵捕虜が強制労働させられていた事実を知り、国内で情報提供を呼びかけたところ、新潟に住む元日本兵が名乗り出たという。 興味を抱いた記者が新潟で会ったのは85歳の老人で、満州建国大学出身だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 日本の傀儡国家だった満州国に設立された満州建国大学の卒業生たちの戦後の波乱の人生を描いたノンフィクションで、開高健ノンフィクション賞受賞作。 五族(漢人・満人・蒙古人・朝鮮人・日本人)協和の実践の場として、言論の自由を付与された最高学府で寝食を共にし学び合った各国の青年たちの戦後のまさに激動の取材記である。 取材時、各国の現体制にも翻弄されながらも、超高齢の卒業生たちの生の声を集めた大変な労作。


死んだライオンの表紙画像

[あらすじ]

 その昔、英国情報部に在籍していた元スパイ、ディッキー・ボウは、列車の中で三列前に座る男を尾行していた。 20年前ベルリンで自分を拉致し拷問したソ連のスパイのひとりに間違いない。 列車は電気設備トラブルで運行停止となり乗客が全員代行バスに乗り込む。 バスに移り男の2列後ろの座席に。 行く先はオックスフォード。 そこでバスから降りた者の数は乗り込んだ者の数よりひとり少なかった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 <泥沼の家>と呼ばれるイギリス保安局で大きな失敗をした者を集めた部署を舞台とした「窓際のスパイ」に続く作品で、英国推理作家協会の最優秀長編作品賞を得た。 200ページくらいまではなかなか話が進まず、登場人物も多くて少々つらいが、そこからの300ページはテンポ良く話が進み、騙し騙されの現代スパイ小説として十分に面白い。 ユーモアのセンスはそれなりだと思うが、スリル、アクションもほどよく楽しませる痛快な作品。


過ぎ去りし世界の表紙画像

[あらすじ]

 1943年初冬のアメリカはフロリダ州。 瓶で殴られたテレサは小槌で夫のトニーを殴り殺した。 テレサは表向き花屋を営んでいたが、収入のほとんどは強盗とギャングから請け負う殺人だった。 62か月の服役刑を言い渡された彼女は、護送バスの中と刑務所のシャワー室で襲われ殺されかける。 身の危険を感じたテレサは、色仕掛けで手なずけた看守に実業家で元ギャングのジョー・コグリンへの伝言を頼む。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 20世紀前半のアメリカに生きるコグリン家を描く作品の3作目で、
前作「夜に生きる」でギャングにのし上がったジョーが今作では表向き足を洗った姿で現れる。 物語の前半、裏社会のサスペンスあふれるドラマは、マリオ・プーヅォの「ゴッドファーザー」に匹敵する面白さだと思う。 後半はやや雰囲気が変わり、内省的で観念的な描写が目立ち、娯楽性は若干失われるが、十分に楽しめる作品だ。 悪党どもの無情な末路の描き方が凄い。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ