◎16年3月


羊と鋼の森の表紙画像

[あらすじ]

 外村は高2の2学期に体育館のピアノを板鳥という調律師が調律するのに立ち会い、生まれて初めてピアノというものを意識した。 高校を卒業すると、家族を説得して、調律師養成のための専門学校に入る。 2年間学んで卒業し、故郷近くの町へ戻って楽器店に就職することができた。 高2のときに会った板鳥調律師のいる店だった。 基礎を身につけただけの外村は通常業務終了後の夜、調律の練習を続ける。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 ピアノ調律の見習いから始まり、常に前向きに努力し、心を持った調律師として成長していく青年を中心に描いた直木賞候補作。 調律への強い思いがストレートに伝わってくる物語だが、描かれる仕事柄か、感受性の強い言葉や文章の連なりには読んでいて少々引き気味になってしまった。 良い作品であることはもちろん否定しないが、全編善良な人ばかりが登場する美しくて優しい物語というのも、読んでいてもうひとつ身が入らない感じでした。


薄情の表紙画像

[あらすじ]

 宇田川静生は独身、群馬の実家住まいで、伯父の神社の神主を継ぐことになっており、そこの手伝いと、嬬恋村でのキャベツの収穫の仕事を毎年5月の連休明けから5か月間住み込みで行っている。 父の友人の母親が亡くなり、急性肝炎で入院した父の代わりに明日の通夜に出ることになる。 父を見舞って病院を出ると大粒の雪が激しさを増していた。 翌朝雪は止んでいたが60センチも積もっていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 何事にも熱くなれず、怒や哀のときでも無意識に気持ちと関係なく笑ってしまうような青年が主人公。 これといったストーリーも有るような無いような作品で、つきあっていた女に突然振られたりといった出来事もあるのだが、淡々とした語りで流れるように日常として過ぎていく。 けっして薄情でも情が薄くもない主人公の心も揺れながら流れていく。 作者特有の語りに酔える作品だが、合わない読者だと何事もなく終わってしまったと感じるかも。


よこまち余話の表紙画像

[あらすじ]

 齣江は長屋の奥の家でお針子をして暮らしている。 呉服屋からまとまった注文を受けたり、隣近所から繕い物を頼まれたりで、仕事が途切れないのだろう、一日のほとんどを裁ち台の前で過ごしていた。 注文していた色の糸を糸屋が届けに来た。 打ち直しを頼まれた綿入れに施された刺繍の色に合わせて、くすんだ香色の糸が必要だったのだ。 奥の六畳間には向かいに住むトメさんという老婆がいた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 10〜20ページ程度の”余話”が17編連なった作品。 時代設定は大正くらいだろうか、全編通して、やはり長屋に住み中学進学を目指している浩三の一家に齣江、トメさんあたりが物語の主要キャスト。 全体のトーンは、不思議話というか、かすかに幻想的な雰囲気を漂わせるもので、時を超え、また此岸と彼岸の境目を見せるような作品である。 特別大きな展開があるわけでもない話だが、丁寧な文章で、品の良い作品だと思う。


人形の表紙画像

[あらすじ]

 自傷他害の危険性の極めて高い患者を収容するブリストル市にあるビーチウェイ重警備精神科医療施設。 看護上級コーディネーターのA・J・ルグランデは2シフト連続勤務で居眠りをしてしまい、午後11時頃、悪夢から目覚めた。 施設内ではこのところ奇怪な事件が続き、患者・職員の間には緊張と不安が高まっていた。 ”ザ・モード”と呼ばれる小柄な幽霊(?)が現れ、襲ってくるという噂が広まっている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 サイコ・スリラーの趣を持ったミステリ。 捜査を行うキャフェリー警部のシリーズで、前作「喪失」に続く6作目、邦訳も数冊あるようだが未読。 少しずつ緊張を高めていく展開で、400ページ以上を飽かさず読ませる。 人物描写は浅め、設定、真相等全体としては今ひとつ頭抜けたところはないが、平均点は超えたミステリという印象。 前作までの続きなのか、潜水捜索隊隊長絡みの行方不明者捜索の話も挿入されるが、本作で必要なのか疑問。


坂の途中の家の表紙画像

[あらすじ]

 里沙子は4年前、29歳の時に陽一郎と結婚した。 結婚してすぐ妊娠し、勤めていた設計事務所を辞めた。 今年10月で3歳になる娘の文香は、反抗期なのかむずかしい年頃だ。 里沙子のもとに、裁判所から裁判員候補者に選ばれたという通知が来る。 結局、補充裁判員に選ばれ、裁判所に通うことになり、浦和にある義父母の家に文香を預け、霞ヶ関に向かう。 扱うのは乳幼児の虐待死事件だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 自らと似たような境遇の母親が娘を殺した事件の裁判員となった女性を主人公とした、心理サスペンスドラマ。 被告人に自らを重ねて、全編息詰まるような里沙子の独白で語られていく。 育児の大変さはもちろん理解できるが、とにかくこの主人公、自分をとことん追い込んでいくタイプで、重くネガティブな思考に満ちており、読んでいる方もかなり疲れる。 しまいには被害者意識も鮮明になってくるが、ラストはやけに軽かったように思いました。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ