◎13年2月


空の拳の表紙画像

[あらすじ]

 大手出版社に勤める入社三年目の那波田空也は、強く希望していた文芸編集部ではなく、同じ出版局でも「ザ・拳」という隔月刊のボクシング雑誌の編集部に異動となった。 編集長含め四人の小所帯。 編集長に命じられ、空也は鉄槌ボクシングジムへ取材に出かける。 ボクシングのことを何も知らない彼にジムのオーナーが入会を勧める。 見学していた空也は、何かしら圧迫感にのしかかられ逃げ帰りたくなる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 女性作家のボクシング小説だが、結構リアリティがあるというか、ボクシング場面も変な派手さはなく、しかし臨場感のある描写に感心した。 やたらに強い選手が次々に相手をマットに沈めチャンピオンに上り詰めていく、というような話ではない。 キャラ作りのために不幸話をでっちあげるボクサーなど、いかにもありそうで、多彩な人物造形にも現実感がある。 過剰なドラマ性を排し淡々と物語は進むが、500ページ近い長尺をだれることなくラストまで読ませる。


長い酷暑の表紙画像

[あらすじ]

 ニューヨーク市警の殺人課の女刑事ニッキー・ヒートは午後のうだるような暑さの中、現場のアパートメントの建物へ向かった。 その建物の6階から不動産業界の大物マシュー・スターが墜落死した。 自殺か、他殺か。 6階の彼の自宅は蒐集された美術品で埋めつくされている。 ヒートはスターの若い妻、キンバリーに会う。 ヒートには、許可を得て人気ジャーナリストのルークが密着取材している。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 アメリカの人気テレビ警察ドラマ「キャッスル」の設定を変えた変形ノベライズというこの作品、サービス精神満点の娯楽ミステリになっている。 適度の長さの中に、ヒートをリーダーとするチームが、謎あり、アクションあり、笑いあり、お色気ありで、それぞれがテレビ作品らしくあまり過激にならない程度にちりばめられている。 日本の
「ストロベリーナイト」をより明るくしたような感じ。 作者のリチャード・キャッスルというのも架空の作家で正体不明とか。


誰もいない夜に咲くの表紙画像

[あらすじ]

 北海道の村の牧場の息子、沢崎秀一は1年前に”花海”という名の中国娘を嫁に迎えた。 花海は中国の貧しい村から農業研修という名目できた5人のうちの一人で、1年たっても日本語はしゃべれず、子供もできない。 村でもう一人結婚にこぎ着けた家では半年で嫁は家出した。 両親は始終不機嫌だが、秀一は花海をずっと一緒にいて護ると決めている。 きびしい牧場の仕事も二人で黙々と続けていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者は昨年
「起終点駅」に感心したので、本書は出版社の「女を読む。女が読む。」というフェアの一冊だが、手を出してみた。 短編7編、どれも男女、家族、社会などのしがらみの中で不器用に生きる女性の姿が厳しいタッチで描かれている。 ドロッとした関係でも乾いた筆致で、自然に情感が染み出てくるような文体。 しがらみを捨て新しい世界へ踏み出していくものが多いが、後押しはしても、単純に希望に満ちた旅立ちとは描いていない点も好ましい。


キャサリン・カーの終わりなき旅の表紙画像

[あらすじ]

 旅行作家だったジョージ・ゲイツは7年前、8歳だった息子のテディを何者かに殺されて以来、妻も亡くなり、新聞社に雇われ、当たり障りのない穴埋めのような記事を書いている。 ある晩、バーで会った退職警官のアーロウから昔の失踪人に関する興味深い話を聞く。 20年以上前に突然行方をくらました詩人のキャサリン・カー。 テッドの出来事とだぶらせ、ジョージはキャサリンの事件を調べ直そうとする。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 未解決の悲劇を背負う主人公が、早老症の少女アリスと失踪した詩人の女性の残した小説を読みながら、彼女に起きた真実を探っていく。 主人公の息子とキャサリン・カーという二つの迷宮入りが早々に提示され、二人が少しずつ推理を進展させていく。 このあたり、いかにもクックの作品らしく、手掛かりともしれぬものを積み上げていく様子が丹念に描かれる。 邦題がすべてを表すという、クックには珍しい物語の終わり方で、この採点となった次第。


ある男の表紙画像

[あらすじ]

 男は、盛岡の北、尾去沢にある水晶山で、12歳から22年間、銅を掘り続けている。 その間に江戸幕府の世から明治に移り6年がたっていた。 昨年、銅山の請負方は地元の鍵屋から岡田某という東京の商人に替わった。 その岡田が、山の開削や掘削を人力でなく機械や火薬で行うらしいという話が流れる。 男は幼なじみから、岡田の裏にいる大蔵省の井上馨という高官が悪玉だと聞き、東京に向かう。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
傑作「漂砂のうたう」の作者が、同作と同様に幕末から明治初期の激動期にかけての、市井の名もない男たちの姿を描く短編7編からなる。 時代の大きな波に翻弄されながらも、どの男も”自分”を見失うことなく、他人がどうであれ自らの思うがまま生き、自らの意志に従おうとする潔さがうかがえる。 いずれも4、50ページゆえ描き足りない印象で、装丁そのまま明るさのない作品集だが、歴史のうねりの中で確かに生きた人間が重く描写されている。



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