AUGUST

◎12年8月


夜をぶっとばせの表紙画像

[あらすじ]

 たまきは19年ぶりの中学のクラス会に出席していた。 当時仲が良かった瑶子ちゃんが私に電話をかけてきて、今夜も隣同士。 誰が好きだったか聞かれて「原田君」と答えると、みんなが意外な顔でこちらを見た。 目立たない女子だった私がこんな風に本人の目の前で告白するなんて。 原田君と乾杯したが、もう自分は原田君が全然好きじゃないと分かってがっかりした。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 表題作の中編と、そこでたまきと別れることになる夫が語り手となる短編の2作。 ごく普通の主婦がごく自然に少々あぶないシチエーションにするりと入り込んでいく様子が淡々と描かれていく。 作者の語り口、リズムが私の感性に合うのか、井上荒野の作品は好みだ。 出会い系に嵌まるでもなくだらだらと男漁りを続けてしまう主人公の、気迫のない日常が自然でいい。 一方、3年後を描く短編はちょっと作っている感じで不自然でした。


勝ち逃げの女王の表紙画像

[あらすじ]

 リストラ請負の日本ヒューマンリアクトの今回のクライアントは、航空会社のAJA。 元は国策企業として生まれ、長年赤字を垂れ流し続け、とうとう会社更生法が適用された。 希望退職者を募ったところ規定人員をオーバーして希望者が殺到してしまった。 そこで当初予定の人員枠まで希望退職者を減らすため外部からの説得役となるという、いつもと逆パターンの仕事になった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 リストラ面接官・村上真介シリーズの4作目で4短編からなる。
1作目2作目と珍しい職業でもあり、なかなか面白いシリーズだったが、3作目は未読。 面接でいかに相手を納得ずくで辞めさせるかが読みどころだったと思うが、今回1、2話はちょっと趣向を変え、3、4話は被面接者がリストラ対象というよりもかなりレベルが高くて、悲哀が全然感じられない。 出てくる会社も、実在の会社の名前をちょっと変えただけで、ひねりなし。


ディーセント・ワーク・ガーディアンの表紙画像

[あらすじ]

 三村は黒鹿市にある労働基準監督署の監督官。 管内にある相沢工務店の従業員が建築足場の三階部分から転落して死亡した。 住宅の外壁の塗り替えと補修を工務店の4人で作業していたが、転落の瞬間を目撃した者はいなかった。 しかし三村は現場の状況に釈然としないものがあった。 社長や従業員から事情聴取し、黒鹿南警察署の友人の清田警部補と情報交換する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 労働基準監督官を主人公にした話は初めてですかね。 「小説推理」誌連載5話と書き下ろし1話の短編6話からなる本だが、いずれも労働現場における謎解き・ミステリ話。 そこが最後まで気になった点で、せっかく珍しい労働基準監督官の世界を舞台にしているんだから、正攻法に労働災害や労働条件を巡る騒動を描いた方が良かったのでは。 最終話がまたおかしな話で、三村の家族問題も中途半端なまま終わりとは・・。


小野寺の弟・小野寺の姉の表紙画像

[あらすじ]

 小野寺より子・40歳は弟の進と独身姉弟の2人暮らし。 休日の朝、新聞のチラシの間に白い封筒が挟まっていた。 宛名は岡野薫様とあり、どうも間違って昨日配達されていたらしい。 姉が、手紙を届けてあげようと言い出し、オセロで届けに行く役割を決めることにしたところ、姉の負け。 しかし地図を読むのが苦手な姉に根負けして、結局2人で届けに行くことになってしまう。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 恋愛にも世渡りにも不器用、福引きで遊園地のペアチケットが当たっても、結局姉弟で行くような2人を主人公にした、愛すべき小品。 何とか前向きの姉と何事にも引き気味の弟の、物語としては日常のさしてドラマチックでもない些細な出来事が綴られるだけだが、家族・姉弟の絆が静かに、深く染みわたる。 とりわけ進が7歳の時の自転車事故のエピソードは胸を打つ。 大切なことの意味を何となく教えてくれるような心地よさ。


フリント船長がまだいい人だったころの表紙画像

[あらすじ]

 ワシントン州ロイヤルティ・アイランド。 漁業を基幹というか唯一の産業とする町で、ロイヤルティ・フィッシング社の社長ジョン・ゴーントの曾祖父が会社もそして町自体も創り、ゴーント家三代にわたって受け継がれてきた。 ジョンは遠洋へ漁場を拡大し、漁船を増やし、アラスカのカニ漁で町は潤った。 14歳のカルの父は全長57mのカニ漁船の船長。 そのジョン・ゴーントが急死した。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 遠洋漁業の町を舞台に、町の命運を左右する出来事とともに、長期にわたって漁に出る父親と残される家族の関係などが、厳しく描かれた物語。 少年期には心理的に過酷すぎる出来事が幾重にも描かれているが、私にはこの決着の付け方は容認できない。 作者も、苦すぎるシビアな現実としてこの結末を選択したものであろうが。 地味な作品だが、全体としてノスタルジックな味わいのある好感の持てる作品ではある。


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