◎11年12月


幽霊の涙の表紙画像

[あらすじ]

 江戸は下雑司が谷にある矢島家は代々将軍家の御鳥見役を務めている。 御鳥見役は将軍家の御鷹場を巡邏し、御鷹狩の準備を整えるのが主たる務めだが、時には密命を帯びて大名旗本家の内状や領地の偵察を行う隠密の役割もある。 先代の久右衛門の1年の法要も近づいた頃、久右衛門の姿を見たという者が出る。 矢島家の嫁、珠代は噂を確かめに川の土手へ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 シリーズ6冊目、連作短編7編収録。 珠代・矢島家を中心に展開される物語は、相変わらずしっとりとした情感と適度なサスペンスが楽しめる。 今回は長男・久太郎の初めての隠密偵察行がハイライト。 当然、思わぬ展開が待っているわけだが、このシリーズの性格上、陰謀そのものへ話が広まることはない。 あくまで矢島家から見た、矢島家を取り巻く範囲での騒動が描かれる。 期待を裏切らない面白さだがそれ以上でもない。


エージェント6の表紙画像

[あらすじ]

 1950年、レオ・デミドフはソ連国家保安省=秘密警察の優秀な捜査官だった。 27歳の元叙勲兵士で祖国を熱烈に敬愛する男。 今回の容疑者は若い女性芸術家のポリーナ。 レオは暖炉の煙突のレンガの間に押し込まれた日記を見つけた。 秘密警察にとっては、日記を隠すこと自体が犯罪となる。 同行する新米捜査官のグリゴリは、日記には何もないという見解だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 元KGB捜査官レオ・デミドフを主人公とするシリーズの最終作。 サスペンスに満ちた
第1作、強烈なアクションの第2作に続く本作も、非常にスケールの大きな面白本だ。 上巻のアメリカの場面はやや冗長だが、下巻のレオが妻の死の真相に迫っていくあたりはページを捲るのがもどかしいほどの盛り上がり。 この文庫6冊の長い道のりが、最後には愛の物語となるところも感動的。 読み終わって、存分に充足した気分。


人生教習所の表紙画像

[あらすじ]

 東京大学に入学したものの1年次を終え家に引きこもり休学中の浅川太郎は、人間再生セミナー「小笠原塾」に参加する。 それは10日余りに及ぶ小笠原諸島での講義とフィールドワークを通じて、人生の方法論、新しい生き方の指針を体得するもの。 フェリーターミナルに集まった受講生の中には、元暴力団員で組織から逃れてブラジルを転々としていた柏木真一もいた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 セミナーに参加し中間試験を合格した11人のうち、同じグループとなった4人を中心に、そのセミナー自体もかなり詳しく書き込んだ作品。 セミナー自体はこれで人間再生に結びつくのかよく分からない内容だが、年齢、出自、環境、性格、職業、まるで異なる者たちが徐々に心を通わせ合っていく様子は読んでいて暖かい。 物語としては盛り上がりがあまりないし、やや長い印象。 作者の話はよく東大生が出てくるなぁ。


帝王、死すべしの表紙画像

[あらすじ]

 野原実は、登校していった中学3年の息子の輝久の部屋に入る。 高校受験に本腰を入れるべき時期に息子は塾にも通わず、勉強をしているふうを装っており、とにかく心配だ。 机の上にハードカバーの本があり、タイトルは「てるくはのる」。 中身は日記のようで、いじめにあっていることが書かれていた。 野原は学校へ出かけるが、担任はいじめなどない、と取り合わない。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 叙述トリックの名手による本格ミステリ。 今回も持ち前のテクニックを駆使して、最後まで読者を騙し続けてくれるが、全体に盛り上がりに欠ける作品になった。 そもそも事件そのものに派手さがないし、作者のいつもの作品ではもっと犯人の邪悪な狂気が物語全体を覆っているのがじわじわ伝わってくるのだが、今回はそれが薄い。 アナグラムも遊び程度といった印象だが、学園ものという側面ではそれなりに楽しめる物語。


夢違の表紙画像

[あらすじ]

 夢そのものを「夢札」と呼ぶ映像データとして保存できるようになって20年近くがたっていた。 野田浩章の仕事はその夢札を解析する「夢判断」。 今回の依頼は、各地の小学校で起きているという集団的白昼夢とも言えるようなパニックの原因調査のため、子供たちの夢判断を行う。 そんな折、浩章は10年以上前に亡くなったはずの兄の婚約者だった女を街で見かける。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 まず思ったのは、10年ほど前のトム・クルーズ主演のアメリカ映画「マイノリティ・リポート」に似ているな、と。 それはともかく、ちょっと長いがけっこう怖がらせてくれる怪談噺ではある。 あくまで怪談なので出来事をすべて最後に理論的に説明できるようにする必要はないが、主人公の夢判断という仕事はかなり面白さが広げられる題材だと思うのに、結局あまり語られなかったのは残念。 予知者の話としても中途半端だった。


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