◎10年11月


七人の敵がいるの表紙画像

[あらすじ]

 山田陽子は、大手出版社勤務のバリバリのキャリアウーマン。 夫と、小学校に入学したばかりの一人息子の3人暮らし。 今日は小学校の最初の保護者会。 PTA運営委員、学級委員など各種係を割り当てる会合だった。 夕方には社に戻るはずが時間が無為に過ぎていく。 それも陽子の「専業主婦でなければ役員なんて無理」という一言が原因だ。 これで多くの保護者を敵に回したのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ブルドーザーとあだ名されるほど強引に仕事を片付けていく陽子が不用意に放つ一言で、PTAから自治会、親戚とどんどん敵を増やしていき、八方ふさがりの状態からなんとか脱していく様子を描く。 連作短編7編で、大人なら誰もがはたと膝を打つような現実的な設定の中、ドタバタな笑いあり、そして涙あり、温かくなったり冷たくなったりと、見事な展開で楽しめる物語。 最終話だけはまとめ過ぎでしたが。


隻眼の少女の表紙画像

[あらすじ]

 1985年の冬、大学生の種田静馬は、ある決意を胸に、信州のひなびた寒村にある琴之湯という小さな温泉宿に逗留していた。 毎日、龍ノ淵と呼ばれる場所にある巨大な岩・龍ノ首によじ登り、ぼんやりと過ごしていた。 その時、足許から自分を呼びとめる声が。 見ると、まるで牛若丸のような衣装を着た少女だ。 そう言えば琴之湯には占い師の娘と父親が止まっていると聞いていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 まずはこの探偵の少女が実にシュール。 まったくありえないキャラだが妙に魅力的でもある。
「貴族探偵」の娯楽性に対し、こちらは因習の残る村の旧家での連続殺人事件を探偵が捜査するという、まるで横溝正史の世界だ。 雰囲気も少女探偵も読ませる作品だが、機械的に殺人が連続する感じで、推理も返し過ぎ。 最後のどんでん返しも薄々見込まれたものの、それまでの筋立てと乖離し過ぎの印象。


妻の超然の表紙画像

[あらすじ]

 理津子は小田原のマンションに夫の文麿と二人で住んでいる。 理津子が結婚したのは38歳で、文麿は33歳のときだった。 結婚して10年、子供はおらず、4年前からは寝室も別。 文麿は明らかに浮気をしている。 会議の日以外はこの不景気の時代、残業などないはずなのに、車で15分の会社から帰ってこない。 時々東京本社に出張があるのも怪しいし、90日ごとに外泊している。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 夫の浮気に超然としている妻を超然と描く表題作。 酒を飲めない男が飲める女とつきあい、超然としていると非難され別れる「下戸の超然」。 そして、首の腫瘍で入院した作家が、自らや文学に対し超然と意見を投げつける極めて私小説的な「作家の超然」の3編。 3編目はともかく、まさに”絲山節”と呼べるような突き放したようなユーモアを含んだ独特の語り口で、人間の関係を的確に、鋭く、赤裸々に描写し見事。


フランキー・マシーンの冬の表紙画像

[あらすじ]

 62歳のフランク・マシアーノはサンディエゴのオーシャン・ビーチ埠頭にある釣り餌店の主人。 地域の行事にも積極的に参加し、子供たちを応援する”餌屋のフランク”は地元の住民みんなに好かれている。 しかし彼は、以前はマフィアの一員で伝説の仕事人”凄腕”フランキー・マシーンと呼ばれた男だった。 平穏な日々に突然、彼を消そうとする企てが連続し、見えない敵に反撃を試みる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 前作
「犬の力」の圧倒的なダークさから、再び得意のユーモア交じりのクライムノヴェルに戻り、作者自身も楽しんでいるような生き生きとした娯楽作に仕上がっている。 一般人は巻き込まず、裏切り者は容赦しない、機械(マシーン)のように相手を追い詰め倒していくフランクの凄腕ぶりはまさに痛快。 過去の面白いエピソードもたっぷり交え、まさに見せ場の連続。 エンタメ作品だからこそ許される幸福なラストに拍手。


スリーピング・ブッダの表紙画像

[あらすじ]

 小平広也は敬千宗の寺の次男として生まれた。 兄が当然跡継ぎだったが、広也が中3のとき母と兄を乗せた車が崖崩れに巻き込まれて亡くなり、彼は寺を継ぐことを決意し、大学の仏教学部に進む。 そして今日、僧になるための出家の儀式、得度式を迎えた。 2か月後には、大本山・長穏寺での修行に入る。 一方、大学時代バンドリーダーだった水原隆春も長穏寺に向かっていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 前半は新米僧が大本山に集められての修行生活が綴られるが、集団になるとおきまりのいじめや派閥による差別、酒への逃避など、どこでも見られる光景が展開する。 成長物語の体裁ではあるが、広也も隆春もいつまでも迷い悩み続けるあたり、下手なまとめ方よりずっと良い。 親友にして互いを認め合うとの設定の二人だが、考え方も価値観もまるで異なり反発しあっているようにしか見えない書き方なのは何故?


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