◎08年7月


聖域の表紙画像

[あらすじ]

 東城大学山岳部OBの草庭正義は酒類卸問屋に勤めて5年。 入社2年目の時、明和大学山岳部2年生の春山合宿のリーダーを依頼され、尾根で一人が雪庇を踏み抜いた。 以来3年、山を絶っていたが、大学時代の登山のパートナー安西に誘われ両神岳に登る。 安西は海外未踏峰への挑戦を語った。 それから10日後、安西は塩尻岳で滑落。 行方不明のまま日は過ぎていく。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
落語界を舞台としたミステリで知られる作者の山岳ミステリ。 作者は大学時代、山岳系同好会に所属し、山にばかり登っていたそうな。 内容はいたって正統派のミステリで、友人の死に疑問を持った主人公が困難や妨害を乗り越え真相に近づいていくもの。 まじめな造りで、結末もそれなりの衝撃が用意されているが、もっと純粋に作者の山への熱い思いを作品に投影させたほうが、より感動的なものになり得たような気がする。


聞いてないとは言わせないの表紙画像

[あらすじ]

 テキサスの片田舎の農場に一人の青年が仕事を求めて訪ねてきた。 農場主は一人暮らしのグレース・ハリガンという中年女性。 試しに雇われたトビー・マッコイというその青年は大変熱心に働いた。 やがてグレースはトビーを食事に誘い、続いて男女の関係になったのも当然の成り行きだった。 ある日、家探しをしているところグレースに見つかったトビーは思わぬことを言い出す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ありきたりの女性向けロマンス小説のような出だしが、一変してノンストップのクライム・ロードノベルになって突き進む。 追いつ追われつ、怒涛のように連続するスリルとアクション、ガンファイト。 裏切り、裏切られ、そしてラストは一瞬あっけにとられるほどの驚き。 映画的、劇画的作品だが、グレースとトビーの心をつないだ逃避行はそれなりの人間味も備えている。 たかだか300ページに満たない点が唯一の不満の秀作。


ウツボカズラの夢の表紙画像

[あらすじ]

 母が2か月前に亡くなり、早々再婚する父に幻滅して、斉藤未芙由は高校を卒業してすぐに、叔母を頼って長野から上京した。 ほとんど行き来のなかった叔母の家は高級住宅街にある豪邸。 家族はバラバラの生活で、家の主人とも、大学生の兄、高校生の妹という二人の子供ともまったく会えないまま、未芙由はあてがわれた部屋で、無気力にただひたすら眠り続けた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 腐りかけた植物のような家族のもとに舞い降りたひとつの種。 家族は当然のように崩壊の一途をたどり、崩れ落ちた場所から種は芽を出し、しっかりと根付き出す。 高校生から中年まで、モラルの崩壊した男女の話は目新しさもないが、物語の展開に変化があり、それなりに面白く読ませる。 ただ、読み終わって残るものがないというか、どんな話だったのかすぐ忘れてしまうような印象が浅いのがなにか不思議な本でした。


ゴールデンスランバーの表紙画像

[あらすじ]

 野党から初めて首相に選ばれた金田のパレードが仙台市街地で行われた。 首相の乗ったオープンカーに上からラジコンのヘリコプターが降下してきて爆発し、首相は死亡。 翌日の朝には容疑者が特定され、テレビに顔写真も出る。 その男は元宅配ドライバー、青柳雅春。 警察は仙台市周辺を封鎖して青柳を追う。 しかし当の青柳は、まったく事件に関与していなかった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 本屋大賞受賞など評判の高い作品だが、以前にやはり評判の良かった
「重力ピエロ」にえらく違和感を感じたことから躊躇っていました。 この本でも最初のほうで大人顔負けの知識でため口の中学生が出てきてがっかりしたが、出番は少なくホッとしました。 あとはもう快調そのもの。 彼を信ずる者、一時のノリで助ける者等にも支えられた青柳の逃走劇は三転四転、ハラハラドキドキの連続。 決着のつけ方も見事に決まりました。


ザ・ロードの表紙画像

[あらすじ]

 あらゆる生命が死に絶えていこうとしている近未来の地球。 荒廃したアメリカ大陸を徒歩で縦断しようとする父親と息子の二人。 寒冷化した環境から、ひたすら南へ歩き続ける。 略奪され、廃墟と化した家々でわずかに残った食糧を探索し、人肉を求める餓えた狂人たちから身を隠しながら、体力を振り絞って進んでいく。 寒さに震え、恐怖に震えながら、なお理性を失わずに。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 物語は単純だ。 暖かさを求め南の地を目指して、父と子がカートにわずかな身の回りの品と食料を積んで、動物も植物もほぼ死に絶えた土地を慎重に歩き続ける様子が綴られていく。 リアルな終末世界の描写には息をのむし、父と子の絆、あくまで希望を失わせまいとする父親の息子にかける言葉が言いようのない悲しみを呼ぶ。 涙を誘うような手連・手管一切なしの非情な物語だが、必ずや読み手の心に残るであろう傑作。


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