◎05年3月



[あらすじ]

 矢木沢数馬は、突然甲府勝手小普請への転出を命じられた。 無役の小普請だった数馬は組頭に目をかけられ、その娘を嫁にし、小普請世話役に抜擢され更なる昇進を目指していたところ、寝耳に水の話だった。 甲府への転出は"山流し"などと呼ばれ、出世の望みは絶たれた。 案の定、甲府城下の武士は、無気力か酒や博打に溺れる者ばかりだった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 出世の道をひた走ってきた男の無念と山流しの地で知る人間としての暮らし、人の心と、今に通じるテーマをさらりと、かつ情味豊かに描いている。 深すぎない謎を随所にちりばめ、読みやすい文体、適度に曲がりくねる展開と、読み物として重みはないが巧みな筆技を感じさせる。 適度に型にはまった人物設定も、ある程度予測のできてしまう結末も、平凡・ありきたりというよりも、安心して読める感じで、逆に好ましく思える。



[あらすじ]

 プロ野球の人気球団の左投手沢村は、自宅マンション前で男に暴行を受ける。 約束を守れと言われ。 まったく心当たりのない彼は、先輩投手のパーティー会場で再び暴行を受け警察沙汰に。 そして野球関係者あて、彼と暴力団との繋がりを指摘するメールが届けられる。 潔白を主張したが八百長関与を疑われ2軍降格へ。 沢村は反撃すべく調査を始める。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 第3回「このミステリーがすごい」大賞受賞作。 比較的軽めのミステリで、全体に大きな破綻は見られない。 個人的にはもっと野球の場面を増やして、娯楽性とゲームとしての緊迫感が欲しかったところ。 また、展開にはちょっと強引なところもあり、肝心の犯人の動機も素直には頷けない。 それでも、スマートな語り口と寄り道のない展開、おまけに美女との適度なロマンスまで加えて、最後まで飽かさず読ませてくれました。



[あらすじ]

 1962年の夏の終わり、米ソ冷戦による第3次大戦の不安が渦巻く時代。 イギリスの貧しい海辺の町に住むロバートは、もうすぐ中学校に進む。 母とニューキャスルにある市場へ向かう途中の人だかりの真ん中に、ロバートはマクナルティーを見た。 彼は、金属の串で自分の頬を刺し貫いたり、灯油を口に含み炎を吐く大道芸をやっては聴衆に金を要求していた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 戦争の不安に脅える不安定な時代を背景に、男の子の純粋な目を通して日常の出来事が淡々と綴られていく。 カテゴリーとしては児童文学に入るようだが、その枠を超えた厚みのある本。 父の病気、中学校の残忍な教師、キューバ危機と、3重の不安に押しつぶされそうになって神に祈る少年の姿が胸を打つ。 家族愛、隣人・友人との交流など素朴な味わいのある作品で、静かな心の平安へと導いてくれるような終盤がいい。



[あらすじ]

 落語専門誌「季刊落語」編集部員の間宮緑は、寄席で若手落語家の成長株である月の家花助の「口入屋」を楽しんでいた。 爆笑する観客の中で、緑の前列に座る若い男だけはにこりともせず花助を睨んでいる。 その話に興味を持った編集長の牧と共に、花助の師匠の栄楽の家に出向く。 栄楽は落語会の重鎮だが、高齢で足腰も弱くなってきている。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
「三人目の幽霊」、「七度狐」に続く落語会を舞台としたミステリの3作目。 4、50ページの短編5編だが、噺家の世界を舞台とした物語らしく、いずれも気難しい師匠を登場させつつ情味溢れる終わり方で気持ちがいい。 ただ、「三人目の幽霊」のときにも感じたが、あまりに編集長など緑の周りの年長者が名推理すぎてすぐに真相を見抜いてしまい、あとは緑に謎かけをしているようなパターンばかり。 定石を破る話も欲しいところ。



[あらすじ]

 羽田国際環境水族館。 以前は閉鎖寸前だったが、3年前に一人奮闘していた職員が亡くなり、新館長赴任後は職員も努力して、今は首都圏の人気スポットとなった。 そんな折、館内に置かれていた携帯電話に、水槽に仕掛けを施したことをほのめかすメールが。 職員が駆けつけるとウィスキーの瓶が投げ込まれていた。 急いでその水槽を閉鎖するとまたメールが。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 徹底した本格推理もの。 次々に襲い来る仕掛け、追い打ちをかける殺人、敢然と謎に挑む名探偵。 本格好きの人にはたまらないのでは。 そこに水族館の夢の実現に打ち込む者たちという感動まで持ち込んだ贅沢な物語。 でもせっかちで天邪鬼の私はあまり楽しめませんでした。 仕掛けと謎解きの連続には疲れたし、一介の電機会社社員の名探偵ぶりにもしらけたし。 何より殺人事件なのにこの展開はないでしょう、という話でした。 


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