◎05年4月



[あらすじ]

 小説家の私のもとに、登山家の刈谷修がヒマラヤ山系カンチェンジュンガに挑んでいる最中、落石に遭い死亡したとの連絡が入る。 刈谷は、5年前、そのヒマラヤで、北の壁が垂直に3キロ近く続くため「ホワイト・タワー」と恐れられたカスール・ベーラという山の頂きに立った。 その快挙の後、山頂で撮った写真について、私はある人物から疑惑を告げられた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 表題作ほか、山岳ミステリー3編。 「黒部の羆」は、ひねりを効かした作りは途中でそれと分かるものの、緊迫感を持続させた物語はいい出来だ。 表題作は、ミステリー色が濃く、本当に刈谷は頂上に立ったのかという疑惑に引き込まれ、また終盤の反転は鮮やか。 フィクションながら山に散った男の姿が浮き出るような話。 3編目の「雪の慰霊碑」は、他の2編に比べて叙情的な面に片寄った感じで、やや落ちる印象を受けた。



[あらすじ]

 6月の夜、高3の龍居まどかは門限を気にして家へ急ぐため公園を突っ切ったが、地面に横たわるものに躓き転倒。 それは死体だった。 そしてまどかも。 捜査担当は女刑事雪平夏見と安藤のコンビ。 雪平は以前、覚醒剤常習犯の少年を射殺して非難され、夫と離婚、娘も夫についていった。 そして第3の殺人が出版社主催の新人賞授賞パーティーで起きる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者は劇作家、演出家、シナリオライターとして活躍しており、これが小説デビュー作。 大胆な書名で、同じ題名の作品が作中に出てきて現実の事件とシンクロする。 "折原一"の諸作と雰囲気などが似ているが、全体の長さも程よく、変化のある展開で十分に楽しめた。 登場人物も個性派ぞろいだが、特に女刑事のキャラクタが強烈で、かつ人間的な弱みを持っているところも魅力。 次作もぜひこの刑事を登場させてほしいところ。



[あらすじ]

 神奈川県内で幼児営利誘拐事件発生。 県警本部の巻島警視は身代金受渡し場所の山下公園で怪しい男を追跡するが、花火大会の雑踏の中で見失ってしまう。 翌朝、幼児は死体で発見される。 無理やり記者会見を任された巻島は、娘の入院の心労も重なり、記者らと激しい口論を演じてしまい、足柄署に左遷される。 6年後、男児連続殺害事件が起きる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 昨年の週刊文春ミステリーベスト10第1位。 劇場型犯罪に対抗するための警察の奇策は劇場型捜査。 捜査責任者がテレビのワイドニュース番組に出演し、捜査の進展を解説するとともに犯人に呼びかける。 現実にはありえないような設定も実に臨場感たっぷりと、また巻島と彼を取り巻く人間模様がリアルにかつ面白く描かれている。 進展と行き詰まりの緩急や感涙もののラストも実に見事。 これで1600円は安いと思わせる作品。



[あらすじ]

 映画俳優ジャック・パインの自宅。 彼の目の前にはさえない男のインタビューアー。 ジャックは裕福で有名になった自分の全てがどういうふうに始まったかを語り始める。 保育園で出会って以来の一番古い友達で一番の親友バディー・パル。 彼の手引きにより童貞を失った夜から始まり、大学の講堂で舞台稽古をしていて自分が俳優だと悟ったこと等を次々と。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
泥棒ドートマンダーものや非常にダークなミステリで知られる作者の1989年の作品。 読み始めていったいどういう類の作品なのか、俳優の語る一代記で終わるはずもなし、といって事件らしきものも起こらず、ただジャックが語っているうちに意識が飛んでしまうようなおかしな状態であることが分かる。 そして予想通りというか、話は終盤になって目いっぱいダークサイドに振れる。 狂気は4つ星クラスだが、面白さは3つ星程度。



[あらすじ]

 僕は町の広報紙でとなり町との戦争が9月1日に始まることを知る。 僕の住む舞坂町と職場のある都市との通勤路にあるとなり町。 9月1日、通勤が心配で早めにアパートを出たが、特に戦争の兆候も感じられない。 開戦前と何も変わらない日常が続く。 しかし次の広報紙には戦死者12名の文字が。 やがて役場から戦時特別偵察業務従事者に任命される。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 とてつもなく荒唐無稽な設定であり、まるで夢の中での出来事のようでいて、しかし妙にリアルな臨場感を伴った作品。 普段と変わらぬ淡々とした日常に、しかし着実に押し寄せる非日常の戦争という不気味な壁が明確に表現されている。 このサイトの評価基準である面白さという観点での採点はこの程度だが、実際の戦闘シーンが一切描かれない中、これだけの緊迫した表現力は見事。 クールな役場の女性職員の描き方もいい。


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