◎02年10月



[あらすじ]

 連続暴行事件を捜査中の志木警視は突然県警本部長から呼び出され、妻を殺して自首してきた教養課の梶警部の取り調べを命じられる。 梶はアルツハイマー病で苦しんでいた妻に懇願され首を絞めたという。 殺害したのが12月4日。 自首は12月7日。 コートのポケットには新宿歌舞伎町の個室ビデオ店のティッシュ。 2日間の行動について梶は口を閉ざす。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 殺害に関する自供は十分だが、自首前の2日間について頑として供述を拒む"半落ち"状態の警官。 歌舞伎町行きが疑われ隠蔽しようとする県警幹部。 何とか真相を掴もうとする警官、検事、記者、弁護士、裁判官それぞれ40〜60ページの連作で繋ぎ、刑務官のところで真相が明らかになる。 短い中に関係者の入り乱れる思惑、人間模様が実に巧みに語られ読み応えあり。 ラストはまさに涙無くしては読めない見事な幕切れです。



[あらすじ]

 バンコクで生まれ育った将人はタイの女を日本に送り込むちんけなヤクザ者。 幼馴染みの富生から仕事を頼まれる。 シンガポール行きを願う中国人売春婦を密出国させる。 女は富生の依頼主が必要な仏像を持っている。 タイは仏教関係品の国外流出にうるさい。 送り届けた後仏像を持って戻るだけ。 さっそく女と落ち合おうとするが、用心深い女に振り回される。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公の将人と中国女メイがある目的に向けて一直線に突き進んでいくことから、作者の他の作品に比べストーリーも分かり易く、一気読みの快作に仕上がっている。 相変わらずの裏切りと迎合の世界だがマンネリ化していないのはさすが。 将人とメイの命を懸けた駆け引きと終盤の愛と憎しみのせめぎ合いは、第1作の
「不夜城」の新鮮な驚きを思い起こさせる。 2人が狙う"目的"の性格から冒険小説的な彩りもあり十分楽しめる。



[あらすじ]

 警視庁の舛城警部補は不思議な事件を捜査していた。 最近急に裕福になり脱税の疑いのある者たちから事情を聞くと、口を揃えて目の前で金が倍になると言う。 突然やってきた男に促され金を出すと目の前で倍にして帰っていく。 ビデオにもその様子が写っていた。 科学捜査研究所の女性研究員も加わって調べるが解明できず、舛城らはマジック専門店へ赴く。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 序盤の金が目の前で倍になるトリックから、様々なマジックや詐欺紛いの騙しのテクニックの種明かしが面白く、前半は好調。 こういう題材のミステリーは滅多にないので、とても面白く読める。 しかし15才のマジシャン志望の少女がメインとなり、やたらに大人びた会話を舛城と交わすあたりから徐々に話の雰囲気が変わり、テンポも落ち興趣も醒める。 終盤は他の大事件も絡んで大仕掛けなクライマックスにも関わらず盛り上がらない。



[あらすじ]

 ジョーは生後9か月で実の父親に硫酸をかけられ顔に大きな傷が残った。 施設に預けられた彼は5才の時トロナ夫妻に引き取られ、今は刑務所の看守をしながら郡政委員である養父ウィルの仕事を手伝っている。 ある夜、目的を告げられぬまま何かの取引に同行した彼の目の前でウィルが射殺される。 どうやら身代金目的の誘拐事件に絡む取引だったらしい。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作。 まず心を引かれるのは常に物静かな態度を崩さないジョーの人物造形。 養父を助けられなかった思いを胸にひたすら真相に向かって進む彼の描写がいい。 話は入り組んでいるが、目的がストレートなので何とかついていける。 全体に作者の真面目度が伝わる筆致で、話の割に長さを感じさせ、娯楽作として読むと少し重い。 意外性に富んだ終盤はいいが、最後はやや余韻をもたせすぎたようだ。



[あらすじ]

 浪人生の三浦信也は、日課にしている夕方のジョギング中に、土手に座って絵を描いている30前くらいの女性と知り合いになる。 彼女はフリーのデザイナーで、信也の自宅からそう遠くない古アパートに住んでおり、そこから電車でオフィスに通っているとか。 信也は姉が出産のため里帰りしていることもあり、勉強部屋としてこの安アパートの一室を借りる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 表題作(日本推理作家協会賞(短編)受賞作)ほか全四編。 以前読んだ作者の
「時計を忘れて森へ行こう」は実に爽やかなミステリーだったが、表題作と最も長い「イノセント・デイズ」はあまり後味の良い話ではなかった。 この作者に殺人話は似合わない。 お薦めは最も短い「兄貴の純情」。 兄貴のキャラが出色で、たった40ページでお役御免はもったいない。 「ささやかな奇跡」は気恥ずかしくなるほどの爽やかさで、作者らしい作品。


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