◎98年12月



[あらすじ]

 時は第2次大戦後、物語は死の危険を感じている女性の手記で始まる。 彼女は西インド諸島で、元恋人の電力会社オーナーの屋敷に滞在しニューヨークに帰る船の中。 帰るついでに、事故で怪我をしたオーナーから書類をある相手に届けるよう依頼される。 しかしそれは書類ではなく10万ドルもの大金だった。 乗船前から不可解な出来事が続く。誰かが金を狙っている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 意外性がウリのミステリーだと思うが、思わせぶりが過ぎる描写もあり、結局さほどの驚きはなかった。 しかし語り口はソフトで滑らか。 初訳ながら1948年の作品ということだが、その古さがこの作品のムードにぴったりで、いい雰囲気を醸し出している。 くせのある登場人物たちがしっかり描き分けられ、船の中という閉ざされた世界でまるで夢の中のように不可解な事件が次々に起こり、適度に楽しめる作品。



[あらすじ]

 1882年9月の英国。 ロンドンで光学機器店を営むモスクロップは、例年通り3週間の休暇を過ごすため避暑地ブライトンにやって来た。 自慢の双眼鏡で海岸を眺めていた彼の目は30才前後の魅力的な女性に釘付けとなる。 彼女に夢中になったモスクロップは、やがて彼女が医師のプロセロ博士の3番目の妻ゼナで、義理の息子らと共にやはり避暑に来ていることを知る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ラヴゼイの初期の作品でクリップ部長刑事ものの第4作。 物語は大きく2部に分かれ、前半はモスクロップの視点でゼナに近づこうとする様子が延々と描かれるが、当時の風俗描写にかなりの部分が割かれるなど展開としてはやや単調。 しかし事件が起きてクリップが登場し推理を進める後半はラヴゼイらしくすこぶる快調。 また作者の意図したところではないが、最近日本で起きた事件を想起させ、一層興味深い。



[あらすじ]

 秋間は出版社の営業部員。 8月の雨の晩、北川健という男から電話がかかってきた。 高校時代の同級生で親友だったというが秋間には全く覚えがない。 彼は自分に起こった不思議な出来事を綴った物語を読んでもらいたいと言う。 その後北川健の代理人から、物語の記録されたフロッピーと500万の現金、秋間の知っている女性名義の億単位の残高のある預金通帳を渡される。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 これも先月読んだ
「秘密」と同種の「時と人間」を描いた作品。 設定は非常に面白いが、すでにある作品で読んだことがあるもの。 しかし物語の狙いというか、描き方は全く異なっている。 この物語はSFでもミステリーでもないので、謎解きもなければ最後のどんでん返しもあっと驚く結末もない。 そこが物足りなくもあるが、登場人物の心の動きが克明に描かれ、最後までじっくりと読むことができる。



[あらすじ]

 八ヶ岳南麓に住む高校1年生若杉翠は自然の美しさの中で毎日を過ごしていた。 ある日森の中でシーク協会という農業関係団体の自然解説指導員深森護に出会い、以後協会に入り浸っている。 中間試験前の週番に当たった日の放課後、日誌を渡すため担任の部屋の前まできた翠は、部屋の中から級友の松沼恵利の「アタシガ、コロシタ」との声と担任の怒声、平手打ちの音を聞く。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 読んでいるこちらが気恥ずかしくなるくらい純粋で善良な人たちばかりが出てくる話だが、青春ミステリー(?)としては許せる。 3話からなるが、いずれも凄惨な事件などはもちろん無く、日常に近い謎をさしたる謎解きの経過描写も無く、3話とも最後に深森護が金田一耕助よろしく謎の物語を紡いでみせるパターン。 しかし、読んでいるだけで作り物でない自然の風を感じられる、実に爽やかな気持ちの良い作品です。



[あらすじ]

 ベン・ブラッドフォードはウォール街の法律事務所の弁護士。 カメラマンになるという夢を捨てきれず高価なカメラ用品を集めている。 30万ドル以上の年収、ニューヨーク近郊に家を持ち妻と2人の子供という恵まれた生活。 しかし生後間もない次男の夜泣きに悩まされ夫婦の諍いは耐えない。 あるとき妻が近所の売れないカメラマンと浮気をしていることに気づいたベンは激情に駆られる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全編にわたって緊張感に満ちた物語で、平凡な生活をしていた者が坂を一挙に転がり落ちていく様がとにかくすごい。 カメラマンの夢を実現させようとのくだりは話がうまく進みすぎだと思うが、昂揚と緊張がないまぜとなった主人公の心情がとても良く描かれている。 後半は本当の自分を捜すドラマとしてみても面白い。 先の読めない展開は無駄が無く実に見事で、ラストも余韻のある気持ちの良い終わり方。


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