◎01年1月



[あらすじ]

 国連で通訳をしているリューク・ベナミの父ヨセフが死んだ。 ヨセフは第2次大戦中に何百人ものユダヤ人をナチの手から救ったイスラエルの英雄だった。 急ぎ帰国したリュークは、父の遺言を聞かされ、さらに兄から自分の相続分を現金化して送るよう電報のあったことを知る。 兄はかつて軍を逃亡しずっと行方不明だった。 リュークは兄を捜すためパリへ向かう。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 第2次大戦中のホロコーストを背景にしたミステリー。 独側を含めユダヤ人のウィーン脱出に携わった者たちの息子・娘が、その英雄的行為の裏に潜む真実を暴くことになる。 物語は全体に重々しく複雑で、文体は哲学的でさえある。 この物語を理解するには、イスラエルの建国・シオニズムについて十分な知識が必要だろう。 スリルのある場面もいくつか用意されているが、いわゆるエンタテインメントではない。 知的ミステリーをお好みの方にはお薦め。



[あらすじ]

 ハーヴァード・ロウ・スクールの教授クレアは夫のトムと娘との食事中にFBIに囲まれる。 彼らはトムを逮捕しに来たのだ。 トムは包囲網を突破したが、クレアはトムが実は軍の秘密工作員で、10年程前の中米での住民大量虐殺後に軍を脱走し、手配されていることを聞かされる。 結局トムは逮捕され、クレアは軍事法廷でトムの弁護を行うことにする。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 スリル、アクション、そして法廷での息詰まる駆け引きと、巻頭からラストまで実にサービス精神旺盛な娯楽作。 展開は二転三転し最後まで飽きさせない。 設定も派手だし、即刻映画化権が買われたというのもよく分かる。 ただアクションにしろ法廷シーンにしろ、やや小振りな印象で、緊迫感や流れがもうひとつ。 話の転換がやや唐突な印象で、軍事法廷という特殊な状況も描き切れてはいない。



[あらすじ]

 藤原雄大はソウル、バルセロナ五輪で活躍したピッチャーで、プロの誘いを頑なに断り社会人野球のコーチをしていた。 33歳になった彼は突然アメリカ大リーグの新しい球団ニューヨーク・フリーバーズにテストを受け入団する。 3Aからスタートした彼は、ある理由からなんとしても一人のバッターと対戦するため今シーズン中にメジャーに上がることを決意していた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 久しぶりに野球小説を読みました。 野球に限らずスポーツを題材とした小説は気持ちの良いものが多いですが、これも読み終わってすがすがしい気分にさせてくれます。 長さがさほどでもないためか、少々トントン拍子に進みすぎの感もあるし、チームのオーナーを徹底的に悪役で描いたのも私には疑問でしたが、全体としてしっかり読ませます。 緊迫感も程良く、読む者を昂ぶらせてくれる「小説すばる新人賞」受賞作。



[あらすじ]

 片桐稔は自分が所属するアマチュアバンドの自主制作CDを持って、姉の家を訪れる。 そこで見たのはベッドに縛られた姉。 そのとき何者かに後ろから頭を強打される。 1か月後ようやく意識が戻った彼は、姉が殺害されたことを知る。 そして彼は犬並の嗅覚を持つようになったことに気づく。 匂いを視覚として捉えられるようになっていたのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 実に不可思議で大胆な発想にまず脱帽。 匂いを視覚で捉えるという状態がもっともらしく、かつ面白く、さらに綺麗に表現されており驚かされる。 サスペンスとしても良くできているが、バンド仲間や恋人とのやり取りなど青春ミステリーとしてもいい味を出している。 犯罪場面も最初は正視に耐えないが、後は不快感を与えない程度の描写に抑えているのも好感が持てる。 少々主人公が活躍しすぎなのも許せる良質の娯楽作。



[あらすじ]

 昭和10年代の神戸芦屋。 小学生の水原真澄は父の会社の社主の家に遊びに行き、同級生の八千代の従兄弟修一に出会う。 数年経ち、芦屋の住宅地に住む子供たちも戦争の波にあらわれ、真澄らは飛行艇の部品を造る勤労動員へ。 修一から本を借りたりして真澄の心に彼の存在は大きなものとなっていった。 やがて神戸も空襲に見舞われる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 
「スキップ」「ターン」と続いた"時と人"シリーズ第3作。 昭和10年代後半の少女の回想に続き30年代後半の少年の回想と、ノスタルジックで地味な話が延々と続き、この本はいったい何なのかと疑問が頂点に達した頃ようやく物語は動く。 それも激しく。 一気にテンションが上がるが、残りページは少なくその後の盛り上がりももう一つ。 作者らしい柔らかな語り口と雰囲気、人間への愛情は十分に感じられるが、この構成はいかがなものか。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ