◎00年6月


[あらすじ]

 背が低く入れ歯で肺を病んでいる青年カール・ビゲロウがアメリカ東部の田舎町ピアデールにやって来る。 町にある教員養成大学の聴講生としてウィンロイの家に下宿に来たのだ。 その家の主人ジェイクは大がかりな競馬の呑み屋の事件の決め手となる証人で、政治家や判事が賄賂を受け取っていたことを知っていた。 彼は殺し屋がいつ送り込まれてくるか、命の危険に怯えていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 衝撃的だった「ポップ1280」のさらに11年前の1953年に初出されたパルプノベル。 まさに大衆向け低俗暗黒小説だが、グロテスクな人間像、スプラッタな描写は当時としてはかなり危険な領域に踏み込んだ攻撃的な作品と思われる。 物語としては、カールの目的が初めから明確にされていながらなかなか進展せず、話の面白さという点では今ひとつ。 なぜか作者の傑作「内なる殺人者」のハードカバー版に寄せたスティーヴン・キングの序文が巻頭に掲載されておりこれが読み応え十分。



[あらすじ]

 ミステリー作家のポール・グレーヴズは少年の頃交通事故で両親を失い、二人暮らしだった姉も見知らぬ男に惨殺された経験を持つ。 彼はリバーウッドの女主人アリスンに招かれ、50年前に殺され迷宮入りになっている彼女の親友だったフェイの事件について、その真相を描く物語の創作を依頼される。 グレーヴズは事件の関係者を次々と訪れていく。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 クック特有の語り口は今回も健在。 相変わらずじりじりと真相に迫っていく様がじっくりと描かれるのだが、今回はとりわけ"暗さ"が際だっている。 惨殺された姉に取り憑かれたようなグレーヴズの心に巣くっている深い闇には圧倒される。 そして辿りつくリバーウッドの事件の真相も衝撃的だが、実はこの物語のメインだった謎に与えられる真実は目を背けたくなる程の怖ろしさ。 見事な作品だと思うが、とにかく暗いです。



[あらすじ]

 垂里家の長女冴子は34才にしてなお独身。 伯母の薦めで見合いを繰り返すが、必ず事件が起きてまとまらない。 弟の京一は大学受験に落ちてしまい、脳天気な次女空美の提案で伊豆の温泉へ姉弟3人でリハビリに行くことに。 しかしこの旅行にもしっかり姉のお見合いが付いていた。 相手は旅館の跡取り息子。 そして例によって事件が起きる。 「湯煙のごとき事件」等4短編。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 4年ぶりの垂里冴子の登場。 普段は天然ボケに近いおっとり屋の冴子だが、一度事件に遭遇するや鋭い観察眼を発揮。行動的に証拠を固め謎を解く。 しかしながらスリリングに話が展開するというようなことはなく、あくまでのんびりとアットホームな雰囲気で進む。 本シリーズはこの雰囲気が実にいいのだ。 しかし冴子のお見合い話はもっと書き込んで欲しいし、今回もけっこう暴れてくれたものの空美のさらなるパワーアップを期待したい。



[あらすじ]

 報道カメラマンの西崎は、雪深い穂高の山中で真夜中に何かの爆発と思われる火の玉を見る。 爆発直前に撮った写真には鳥のような物体が。 下山後、警察発表に疑問を感じた彼は、知り合いの新聞記者と共に吹雪の山に戻る。 一方、フリールポライターをしている西崎の別居中の妻松永慶子は在日米軍横田基地で起きた銃撃戦を取材し、逃げた男の行方を追うことに。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 真保裕一の傑作冒険小説「ホワイトアウト」を思い起こさせる作品。 ややご都合主義的な展開や疑問な部分もあるものの、全体としてサスペンスフルな物語に仕上がっている。 西崎と慶子の両パートを交互に描いていくが、緊迫感に満ちた西崎のパートに比べ、慶子のパートはややばたばたして結局尻つぼみになってしまった。 また物語の核になる国家対立の構図が、近年の極東の政治状況から考えて現実離れしたものに思われ、ちょっと白けました。


 《未読だった過去の傑作》

[あらすじ]

 落ちぶれた名家出身のミロドラゴヴィッチは53才の元警官で、今は私立探偵だが、ほとんど飲んだくれている時間の方が多い。 今度の依頼人は30代半ばの大学教師をしているヘレンという女性。 行方不明の弟を探して欲しいと言う。 一目で彼女に魅せられたミロは持ち前の強引な調査を開始するが、やがてその弟は麻薬の打ちすぎで死んでいるところを発見される。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 純正ハードボイルドの傑作と謳われる作品。 "マット・スカダー"と似通った設定だが、アル中を克服しようと足掻くスカダーに対し、ミロは年中酔いどれておりさらに暴力的な男だ。 しかし人生の哀しみを一身に背負ったような不器用なその姿は胸に迫るものがある。 桐野夏生が彼に惚れ込んで、彼女の作品に女私立探偵村野ミロを登場させているのも分かる。 ストーリー自体はさしたる面白さもない作品だが、この本の魅力はまったく別の次元のものと感じさせる。


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