◎00年4月



[あらすじ]

 旧暦の1月10日、愛知県生稲市では日本三大奇祭のひとつ布施宮諸肌祭りが開幕した。 この祭りは神社の参道で2万人以上の裸男たちが厄落としのためにたった1人の神人に殺到するというものだ。 神人に選ばれるのは大きな名誉とされており、その神人を選ぶ儀式が行われていた。 そして選ばれたのは一人暮らしのたばこ屋のさえないオヤジ、榎木だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 物語は、はかない煙のような日々を送る榎木がいかにして神人に志願するに至ったかが淡々と語られ、爆発的な迫力ある祭りの描写と、その後のあっと驚く展開が凄い。 ほとんどが榎木の視点で語られるが、その語り口が意外と味わい深く雰囲気のある佳作。 ただ驚きの展開の後に最後のカタルシスが欲しかった。 その役割に配されているはずのもう1人の語り部、東京から転勤してきた刑事が結局生きなかったのは残念。



[あらすじ]

 音楽プロデューサーをしている多聞は九州の水郷町箭納倉(やなくら)の駅に降り立った。 大学時代の恩師で今はこの町に住む協一郎に呼ばれたのだ。 3人の女性がある時突然失踪し、いなくなったときと同様ある朝突然に、失踪中の記憶を無くしたまま家に帰ってきていた。 以前協一郎の弟夫婦も一時失踪していた。 水路と堀に囲まれたこの町で何が起きているのか。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 ミステリーとして始まり、SFとして話が進むファンタジー。 全体にのんびりしたペースで、新しい展開があってもさほどスピードがあがらず少々まだるっこっしいが、ファンタジーならばこれが正しい進み具合とも思える。 終盤の町全体に及ぶ見せ場も、10日間あまり近隣市町と隔絶していて何らの騒ぎにもならないあたり大疑問だが、まぁファンタジーなら細かいことは言うまい。 料理次第でもっと凄い話になった気もしますが。



[あらすじ]

 第一次世界大戦末期の頃のアメリカ南部。 ニック・コーリーは人口1280人(POP.1280)の田舎町ポッツヴィルの保安官。 女房のマイラと彼女の少し頭の足りない弟レニーの3人で暮らしている。 彼は人前では気のいい愚か者を演じているが、実は公私ともに計算高く立ち回る男だった。 狡猾に保安官の再選を狙い、私生活では2人の女と浮気していた。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 映画
「パルプ・フィクション」の世界を想起させるが、あの映画より30年も前に書かれたという驚きの面白本。 同じ暗黒小説でも馳星周のそれのようにただただ暗く残酷な狂気の世界ではない。 主人公は邪魔者をあっさり射殺するような男だが、複数の浮気相手にいい顔をしているうちにどんどん行き詰まり、身も心もくたくたになってしまうどじなやつでもある。 全編が下品なブラックユーモアで包まれており、主人公の一人称で語られる物語は奇妙にとぼけた味と共に孤独な魂の独白が迫ってくる。



[あらすじ]

 FBI特別捜査官クラリスは麻薬密売組織との銃撃戦で赤子を抱いた女ボスを射殺し、殺人機械とマスコミから叩かれる。 そんな彼女のもとに、7年前異常殺人犯の捜査の際に関わりを持った稀代の怪物ハンニバル・レクター博士から手紙が届く。 博士は逃亡し行方不明だったが、イタリアで優雅に暮らしていた。 一方、博士により一生寝たきりの身とされた大富豪メイスンは復讐の念に燃えていた。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 傑作
「羊たちの沈黙」の続編。 スピーディな現代的アクションで始まる第一部、一転中世的重厚さに彩られた第二部、以後窮地に追い込まれていくクラリスとメイスンの復讐劇の進展がサスペンス一杯に語られ、訪れる惨劇と深い余韻に満ちた最終第六部。 実に見事な構成で、読むほどにページをめくるのがもどかしくなってしまう。 特にフィレンツェを舞台にした第二部が素晴らしい。 怪物が癒されていく終盤には唸ります。 きわめて濃い小説だが、娯楽性も十分。


 《未読だった過去の傑作》

[作品紹介]

 ニューヨークで無免許探偵をしている元警官のマット・スカダーは、アル中を克服するため断酒会に通っている。 売春婦のキムから仕事を辞めたいことを彼女のヒモの黒人チャンスに伝えることを依頼される。 ようやくチャンスを探し出しキムの願いを伝えると、彼はあっさり承諾する。 翌日キムは高層ホテルの1室で体中を切り刻まれた死体となって発見された。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 「アル中探偵マット・スカダー」シリーズの第5作。
90年代のシリーズはだいたい読んでいるが、これはシリーズ中の傑作と呼ばれる82年の作品。 事件そのものはまあまあの面白さだが、スカダーのアルコールとの闘いが壮絶。 ハードボイルドのお手本のような文章、台詞回し、そしてたび重なる犯罪で荒んだ80年代初めのニューヨークの情景が全編を灰色に彩って実に印象的。 そしてこのラストシーンには心底マイった。 ここを味わうために500ページを読む価値がある。


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▲ パルプ・フィクション
 クエンティン・タランティーノ監督で、ジョン・トラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン、ブルース・ウィリス、ハーヴェイ・カイテルらが出演する1994年のアメリカ映画。 レストランで強盗の相談をする男女のシーンで始まり、その後お宝を奪い返そうとするギャングの話など3つの物語が絡み合いながら展開してゆき、最後は冒頭の男女がその場で強盗に及ぶ場面へと至る。 思い切りブラックな笑いを漂わせた狂気の世界。 カンヌ映画祭グランプリ受賞作。