白銀の魂、未だ封じることなし

天伐党のアジトとなっている古寺に銀時は足を踏み入れる。境内には単なるゴロツキにしか見えない連中が数十人いた。皆一様にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。中には新八を痛めつけた者もいるのだろう。
しかし、銀時はそんな連中には目もくれず、まっすぐに本堂へと向かう。
そこには三十代半ば程度の男が立っていた。周りの者とは身なりも違い、その表情には傲岸不遜さが見て取れる。一目で首領の大山だと知れた。

「テメーか、大山ってヤロウは」
「来たか、白夜叉よ」
「大物ぶってんじゃねぇよ。うちの新八をあんな目に遭わせといて、ただで済むと思ってんのか?」

鋭い眼差しを向ける銀時に大山はゆるゆると首を横に振った。

「彼には可哀想なことをしたと思う。しかし、我らはどうしても白夜叉の力が欲しかったのだよ」
「何ほざいてやがる」

だが、大山は聞いてはいない。それどころか堂々と胸を張り、自らの主張を謳い上げ始めた。

「あの戦争に出ていたのならば分かるだろう?この国の嘆かわしい有り様を!幕府は天人に支配され、人々は雪崩れ込むようにして入ってきた悪しき習慣に染まりつつある!確かに世の中は見違えるほど発展した!だが、それでいいのか?!良い訳が無いッ!今では爛れてしまった幕府も本来はもっと崇高なものであった筈だ!幕府を人民を、天人の手から解放するためにも、どうか力を貸してくれ!白夜叉よ!!」

身振り手振りも交え、熱く語る大山。その真に迫った演説に同調し、仲間となったものも少なからずいる。しかし、銀時は一蹴した。

「腐ってんのはテメーの頭だろが、このクソ野郎。万が一、テメェの言う事に納得出来れりゃあ俺ァ喜んで力を貸してやっただろうさ。けどなぁ、関係ない人間を痛めつけ、人を脅しといて、宜しくお願いしますだァ?ふざけんじゃねェ!攘夷にかこつけた悪党が何言ってやがる。つーか、お前そもそも戦に出てねぇだろ」

大山の眉がぴくりと不快げに寄る。

「何を証拠に」
「お前、何にも分かっちゃいねぇからさ。ま、いいさ。すぐに分かる」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる銀時に、大山は顔を引き攣らせる。

「痛い目をみんと分からんかね。我らとしても手荒なマネはしたくないんだがな」
「ベッタベタだなぁオイ。時代劇の見過ぎじゃね?まあ、予想通りだけど」

大山の悪人丸出しのセリフに銀時は肩を竦める。
その間にも手下たちが銀時を取り囲み、大山が厭らしく笑う。

「いかに白夜叉といえども、この人数相手に敵うまい。少しもすれば、考えも変わるだろうよ。皆、やれィ!」

大山の号令によって、木刀を手にした手下どもが一斉に銀時に襲い掛かる。しかし、銀時はまだ木刀に手を掛けてすらおらず、ぽりぽりと頭を掻いていた。

「……こう見えても神楽に負けないぐらい怒ってんだよね、俺」

まさに一閃。木刀を振り上げた手下どもがまとめて吹き飛ばされる。銀時は驚く手下どもの間を縦横無尽に動き回り、次々と薙ぎ払っていく。勇ましく豪快ながら寸分の隙もないその姿に、中には怖気だし逃げ出す者も現れる。

「な……っ」

その様子に大山は慌てた。何故なら、大山は白夜叉を単に攘夷戦争の生き残り、つまり過去の遺物程度にしか思っておらず、どれほど強かろうが力で屈服させるつもりでいた。実際、これまで相手がどれほど拒もうが、最後には力で叩きのめし従わせてきた。だが、白夜叉にはそれが通用しない。大山の想像を超えた強さだった。しょせんはゴロツキの集まりで、腕の立つ者などいない。どれ程の人数がいようが、敵わないのは目に見えていた。
大山は本堂の中に駆け込んだ。

「金だッ!金さえあればいいっ!」

今まで商家や成金の家を襲って奪った金がここには隠されていた。その場所は大山しか知らない。自分の部屋へ着くと床板を外した。後はどうなろうが知ったことではなかった。

「金ねぇ」

大山はひっと小さな悲鳴を上げた。恐る恐る振り返る。
戸口に立つ銀時の表情は逆光で見えない。光に透けた銀色の髪が大山には神々しく、それ以上に禍々しく見えた。身震いがした。

「たっ助けてくれ!」
「お前にやられたヤツ、みんなそう言ってたと思うぜ?」

ぎしりと床が鳴る。
近付いてくる銀時に大山は這いつくばって命乞いを始めた。

「金ならあるッ!どうか命だけは!」
「ホントお前何にも知らないんだな。戦場じゃあアレくらいの敵に囲まれるなんてこたァざらだった。あんなもんで俺をどうにか出来ると思う方が間違ってる」

ぎしり。

「どうして俺が白夜叉と呼ばれるようになったか、身を持って教えてやろうか?」

銀時は大山のすぐ前に立った。大山は恐怖で泣き出し、全身をガタガタと震わせている。

「俺が……いや、私めが悪うございました!だから、どうか!どうか命だけはッ!」
「顔上げろよ」

大山はそろそろと銀時を窺いながら顔を上げる。

「ギャァア!」

銀時が大山の横っ面を張り飛ばした。涙と鼻血で見っともなくなった大山の顔を覗き込む。

「一つ聞きてぇんだけどさ、誰から俺の話聞いた?それにあの紙っ切れも」
「なっ仲間の一人が!そうです、確か最近仲間になったヤツが白夜叉を仲間に出来るんじゃないかって」
「暗号もそいつからか」
「ハイッ!そうです!」
「ふーん」

銀時が大山の方へと手を伸ばした。また殴られるのかと頭を抱えた大山だがシャッという聞き覚えのある音に凍り付く。

「いい刀持ってんなオイ」

大山の刀を抜いた銀時はそれをまじまじと見ている。
一方、大山は完全に腰が抜けてしまい動けない。

「お……願い…します。た……助けて……」

途切れ途切れに命乞いをする大山に銀時はニタリと笑った。

「安心しな。俺ァ相手をいたぶる趣味はねぇ…………楽に逝かせてやる」

銀時は刀を振り上げた。
その銀色の輝きが、大山が銀時を見た最後の姿となった。


 * * *


中から男の悲鳴が聞こえて来たが銀時との約束の時間まであと十分ほどあった。
近藤たちは寺の周囲を隊士たちで囲み突入を待っていた。土方は不機嫌そうな顔でタバコを吸いながら近藤に話しかけた。

「しかし、本当にアイツを行かせてよかったのか?何かあったら責任を取る羽目になるのは俺らだぜ?」

先程まで聞こえていた物音も悲鳴を最後に何一つ聞こえてこない。今の状況では銀時が勝ったのか負けたのか判然としなかった。渋い顔をする土方に近藤は叱られた子供のような顔をした。

「仕方ないだろ。あの男を止められたと思うか?アイツは俺たちを倒してでも大山をブチのめしに行っただろうよ。情けないとは思うがな、あの時の万事屋を止める自信ははっきり言って無いよ」

普段ならば大将である近藤の負けを認めるような言動を諌める土方だが、今回は何も言わなかった。土方自身も止める事が出来たとは思えなかったからだ。土方が知る限り、普段はちゃらんぽらんとして世の中を舐めきったような男だが、それでも恨みや妬みのような負の感情とは縁が無いように見えた。しかし、あのとき銀時から感じたものは殺気だった。それも鬼の副長と言われる自分が思わず一歩後ずさってしまうほどの。

「……けどなぁ」
「それに、俺が同じ立場だったらやっぱり同じことをしたよ。もしお前らが同じような目に遭ってみろ。俺ァ許しちゃおかねぇよ」
「近藤さん……」
「おや、旦那が出て来やしたぜ」

山門に姿を現した銀時は近藤たちに気付くとひらひらと手を振りながら近付いていった。約束の時間まで、まだ五分ほど残っていた。

「出迎えゴクロー」
「誰もテメェの出迎えなんざしてねぇよ。………で、終わったのか」
「おう、後はお巡りさんの方でヨロシク」

土方の合図で一斉に隊士たちが寺へ入っていく。土方も沖田も中へと入っていったが、近藤だけはその場に残った。

「万事屋、確認が終わるまで待ってくれ。すぐ終わる」
「ハイハイ。お巡りさんも大変ね〜」

近藤が見る限り、銀時が怪我を負った様子は無い。気配からして相当な人数が居たはずだが、それを一人で倒したのかと思うと今更ながら背中に薄ら寒いものを感じた。

「万事屋、戦に出てたのか」
「まあな」
「斬ったか」
「ああ、斬ったな。沢山」
「じゃあ……俺たちが嫌いか。侍といいながら天人に支配された幕府に使える俺たちが」
「別に。そんなこと考えたこともねーよ」

素っ気なく言う銀時。本心だろうと近藤は思う。

「だったら何で助けを求めない。別に俺らじゃなくたっていい。他に手はあったはずだ。確かにお前は強いかもしれんが、独りでは護れるものも護れまい。それとも……二人には過去を知られたくなかったか」
「いや、二人とも知ってる」
「それなら何故だ」

近藤の問い掛けに銀時は少しだけ考え込む。

「そうだな、俺は」

山門から土方と沖田が揃って出てきた。他も隊士たちもその後ろから、手下どもを連行している。近藤と銀時のところへ来るなり、沖田が嫌そうな顔をして言った。

「旦那ァ、困りますぜ」
「何が」
「大山でさァ。白目剥いて気絶してんのはいいとして、アイツ小便漏らしてるじゃねぇですか。小便臭いオッサン連れてかなきゃならねぇ俺らの身にもなってくだせぇよ」
「いやいや、さすがの銀さんもそこまで責任持てねーし」

沖田も本気で文句を言うつもりではなかったらしく、苦笑を浮かべただけだった。隊士たちもそのほとんどが寺を出ている。

「そんじゃ、俺行くわ。新八が気になるし」

階段を降りようとする銀時を土方が呼び止めた。

「テメーにはまた話を聞かなきゃならねぇが、その前に一つだけ教えろ。どうしてこの場所が分かったんだ」

銀時は一瞬きょとんとした後、ああと笑い出した。

「沖田君の言った通り。まあ、ガキの遊びなんだけどよ」
「――白銀の魂、未だ封じることなし、か?」
「そ。前と後ろの文の最初と、一番後ろの漢字言ってみ?」
「……白、未、封?」
「で、前二つが方角。ちなみに新八が倒れてたとこ基準な。後は場所で、封は単に寺っていう字に似てるってだけ」
「ああ、白は五行に対応させて西。未は十二支での方位。だから、その間の約西南西って訳ですねィ?あ、申の方がぴったりか」

意外や意外、あっさりと説明してみせたのは沖田だった。驚く三人に沖田はにっこりと爽やかに、且つ腹黒く言ってみせる。

「何、驚いてるんですかィ。土方さんを呪い殺すには欠かせない知識の一つですぜ?」
「テメーそんなに俺を殺してェのかァァァ!」

土方が詰め寄るが沖田はどこ吹く風である。そんな様子を近藤は苦笑しながら見守っている。

「万事屋、新八君の意識が戻ったら、俺たちも見舞いに行かせてもらうよ。聞くこともあるしな。さっさと行け。チャイナさんも待ってるんだろ」
「引き止めたのはそっちだろーが、ったく。そんじゃあな」

銀時の原チャリは風を切って走っていった。


 * * *


病室のドアが開く。

「銀ちゃん!」

病室には神楽とまだ目を覚まさない新八の二人だけ。心細かったのか、神楽は抱き付かんばかりに駆け寄る。銀時はそんな神楽の様子に目を細め、その頭をわしわしと撫でた。

「銀ちゃん、約束守ったアルか」
「当ったり前だろ。こてんぱんにしてやったさ」
「さすがネ。それと、銀ちゃんがいない間に姐御が来たヨ。着替え持ってまた来るって言ってたネ」
「そっか」

それまでは笑顔で答えていた神楽だが、また顔を曇らせる。銀時の着物の袖をぎゅっと掴んだ。

「銀ちゃん……新八いつ目ェ覚ますアルか?姐御、フツーの顔してたけど手が震えてたネ。私も嫌ヨ。……マミー思い出すアル」

俯く神楽。しかし、銀時はきっぱりと言う。

「新八が死ぬわけねーだろ。三人揃っての万事屋だろ?死んでいい訳ねーじゃねェか」
「銀ちゃん……」


「……珍しいですね。銀さんのそういうセリフ」


「「新八!!」」

か細いながらもはっきりと聞こえた新八の声。痛いのか少し苦しげな様子だが、意識はしっかりとしているようだった。

「……えっと、おはようございます。銀さん、神楽ちゃん」
「っ……おはようじゃないアル!さっさと起きやがれ!ダメガネがっ!」

口は悪いが神楽が喜んでいるのが分かる。その表情を見ながら新八は生きてて良かったと実感する。しかし、銀時だけは浮かない表情のままである。

「銀さん?」
「……新八……その、お前がこんな目に遭った理由なんだけどよ」
「ああ、はい。連中がなんか色々言ってたから分かります。……銀さん、強いですもんね」

一番被害を受け、言いたいこともあるだろうに、逆に気遣う新八に銀時は涙が出そうになる。

「……すまねぇ」
「やめてくださいよ。アンタに謝られるなんて気持ちが悪いです。……あいつらやっつけてくれたんでしょ?それで充分です」
「新八」
「それより僕がいない間、ご飯に掃除洗濯、頼みますよ。帰ったときにゴミ屋敷みたくなってたら、僕怒りますからね」
「バカ。そんな心配してねーで、お前は早く怪我治せ。母ちゃんですかコノヤロー」


 * * *


それから少しして、病室にお妙が戻って来た。

「あら……ふふ、もう仕方ないわねぇ」

そこには笑顔を残したままの三人の寝顔があった。

→とあるもう一つの側面

2007.04.21

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