白銀の魂、未だ封じることなし

大江戸病院の一室。ベッドには一人の少年が眠っていた。
万事屋銀ちゃんの従業員、志村新八。全身が包帯に巻かれ、顔も酷く殴られたのが明らかな痛々しい姿をしている。意識はまだ戻っていない。そのベッドの横には項垂れた神楽と、その肩を抱く銀時がいた。二人とも一言も喋らず、ただ新八を見つめている。
そんな様子を真選組の面々――近藤に土方と沖田それに山崎が少し離れて見ていた。


* * *


路地裏に倒れている新八を最初に見つけたのは、市中見廻り中の土方と沖田だった。
薄暗い路地の中、初めは酔っ払いでも寝ているのかと思い、注意してやろうと歩いていった。しかし、近付くにつれ分かる、血の臭いと見知った姿。

「土方さん!ありゃ万事屋のメガネですぜ!」
「な、オイ!救急車呼べ!」
「言われなくても分かってまさァ!」

体格や服装、それに側に転がっている木刀といい間違いなかった。沖田が電話をする間、土方は応急処置をしようと新八の元へと駆け寄ったが、その有り様に手を出しかねた。新八は頭から多量の血を流し、意識は無い。恐らく骨も何本か折れている。骨折や斬り傷の手当ては慣れたものだが、この状態の新八を動かしていいものか土方は俄かに判断がつかない。
電話を終えた沖田が報告する。

「土方さん、五分くらいで着くそうですぜ。あと、山崎がどうやら近くにいるみてぇなんで、二、三分で着くとか言ってやしたが一分で来いって言っときやした」
「お前にしちゃ上出来だ」

きっかり一分後。息を切らせた山崎が新八の応急処置に当たった。
山崎に多少医学の心得があるとは言え、素人である。一刻も早く医者に診てもらわなければいけないことに変わりはなかった。土方と沖田は山崎の作業を邪魔しないよう少し離れる。

「総悟……どう思う?」
「――数人でメッタ打ち。得物はまあ木刀でしょうねィ。それと、刀を持ったヤツもいやすね」
「怪我の話じゃねぇよ。理由だ」
「理由ですかィ?……普通に考えるなら、面倒ごとにでも巻き込まれたか、怨恨のどっちかじゃねぇですか?けど、恨まれるっていう風には見えませんがねェ」

万事屋一行とは会う度ロクでもない騒動に巻き込まれるが、新八自体がその中心に居た事はない(多分)。寧ろ、唯一のストッパーとも言えなくない。

「しかし、因縁つけられたにしろ、何かに巻き込まれたにしろ、あそこまでやるこたァねぇだろ。あれは明らかにメガネと知った上でだ」
「断定は出来やせんが、メガネ自体に思い当たる節がねぇとすると……」
「……万事屋絡みか」
「その可能性はありやすね。……まさか、煉獄関ん時の報復じゃねぇでしょうね。もしそうなら俺ァ旦那に殺されちまいますぜ」
「そりゃないだろ。連中が動いたならメガネは今頃生きちゃいねェよ」
「ああ、そりゃそうですねィ」

物騒な納得の仕方だが、事実でもあった。結局、この場では明確な答えは出ない。
ようやく通りからサイレンの音が聞こえた。


 * * *

静まり返った病室に土方の声が響く。

「万事屋、お前コレに見覚えはねェか」

銀時が振り向いたその顔に、真選組の一同はどきりとする。
いつも飄々とした男の無表情。怒りも悲しみも感じられず、だからといって腑抜けているわけでもない。まるで嵐の前の静けさ。
土方は一瞬でも恐れを抱いた自分を忌々しく思いながら、一枚の紙切れを差し出した。


――白銀の魂、未だ封じることなし――


それは新八の懐に押し込むようして入れられていた。

「白銀の魂ってのはテメェのことを指してんじゃねぇのか?この件にテメェが絡んでるのは間違いねェ。そうだろ」

土方の何の根拠も無い一方的な推論だが、銀時は何も言わない。真選組に背を向けベッドに眠る新八の頬をそっと撫でる。土方は話も聞いていたのかも分からないような銀時の態度に苛立つ。

「お前のせいでメガネがそんな目にあってんじゃねェかって言ってんだよっ!」
「ッ!オマエ殺されたいアルかッ!」
「トシ!言い過ぎだ!」

近藤が制止するが、土方は銀時の背を睨んだまま逸らそうとはしない。それに対し、いきり立った神楽が、土方に負けじと睨み返す。どちらも射殺せそうなほど鋭い目つきだが、よく見ると神楽の目には涙が滲んでいる。銀時は神楽の頭に手を移した。

「やめろ、神楽。ヒデー顔してんぞ」
「でも銀ちゃん、コイツらが!」
「俺のせいだ」
「え?」
「俺なんかと関わっちまったから、新八はこんな怪我をする羽目になった」

表情も変えず淡々と言う銀時に神楽は戸惑いと不安の入り混じった視線を向けた。真選組の一同にも緊張が走る。重々しい空気の中、沖田が恐る恐る尋ねた。

「……旦那は誰がやったか見当が付いてるんですかィ?」

銀時は無言。掴みかかろうとする土方を近藤が押し留める。

「万事屋、これは事件なんだ。俺たちは警察として事情を聞く必要がある。それにな、顔見知りがこんな風にやられて黙ってられる性分でもないんだ。頼む、知っているなら教えてくれないか」

近藤の威厳を伴った言葉に、銀時は不承不承といった感じではあったが、その名を告げた。

「………………大山仲三」
「大山仲三?!」

その名にいち早く反応したのは山崎だった。他の三人も銀時に驚きの目を向ける。

「大山といやぁ天伐党の首領だろ?」
「はい。天伐党は過激派の中でもかなり荒っぽい部類に入ります。勢力も小さくはありません。しかし、それなら新八君が狙われた理由も納得できます」
「どういう事だ?」

山崎はちらりと銀時を見た。これから話そうとする事は銀時のこれからの生活を左右し兼ねない。言わずに済むのなら言いたくはないし、銀時については推測でしかない。だが、話さなければならない状況と立場にあった。
山崎は話を進める。

「奴らは勢力拡大のために、昔の仲間を使っているようです」
「昔の仲間?」
「かつて攘夷戦争に参加していて、今は普通の暮らしをしている人間です。そのほとんどはあまり過去のことを話したがりません。俺らみたいのに目を付けられると面倒ですからね。奴らはそれを逆手に取って利用しているようです。攘夷志士だったことをバラされたくなければ仲間になれ。嫌がる素振りを見せれば周りの人間を見せしめに襲う。そうやって脅迫しているようです。今の生活を護るためと、協力者になった人間も少なくないようです」

山崎の説明にそれぞれの視線に微妙なものが混じる。病室が再び静まり返る。
ここへ来て初めて銀時が表情を変えた。暗く疲れた表情だった。

「確かに俺んとこにも来た。ザコだったから軽く追っ払ったがな。だから、気を付けてはいたんだ。新八を一人で帰したりしなかったし、なるべくウチに泊めた。神楽だって遊びに行く時は揃って出掛けたし、下のババァだって変なヤロウが出入りねぇか見張ってた。早いうちに片を付けようと思ってた矢先にこのザマだ。ハッ、情けねェ」

一同はようやく先程までの銀時の無表情の意味を知った。恐らく自分を責めていたのだろう。知って注意を払っていたにも関わらず、結局護りきれなかった自分を。
ふらりと銀時が立ち上がり出て行こうとするのを沖田が止める。

「旦那、どこ行くつもりですかィ?」
「便所」
「嘘はよくありませんぜ、旦那。アンタ連中の所に乗り込むつもりでしょう?」
「いやいや、ヤツラのいる場所なんて知らねぇし。言っとくけど、奴らとは仲間でも何でもねぇから」
「仲間じゃないってのは信じてもいいですがね、場所を知らないってのは嘘でしょう。アンタ、さっきあの紙っ切れ見せられた時、一瞬だが窓の外見たでしょう?ありゃ何だったんですかィ?あの文は暗号にでもなってたんですかィ?」

沖田の言葉に銀時はニヤリとした。

「鋭いねぇ。それだったら今すぐ副長になってもいいんじゃない?」
「おや、旦那のお墨付きですかィ。それだったら早速」
「テメェら何の話してんだコラァァ!」

銀時は土方の叫びに肩を竦めると、ドアを背にしている四人に改めて向き直った。

「てな訳で、そこどいてくんない?」
「誰が行かすか!連中は俺らが捕まえる!テメェはあくまで一般人なんだから手ェ出すな!」
「お巡りさんの邪魔をするつもりはねぇって。後でちゃんと引き渡すし、いーじゃん」
「良くねぇよ!大体テメェに聞かなきゃならねぇことが山ほどあるんだよ!」
「よせ、トシ。行かせてやろう」
「近藤さん?!何言ってんだ、駄目に決まってんだろ!」

土方が驚き止めに入るが、近藤はそれには取り合わず銀時に言った。

「一時間だけお前に時間をやる。その間、俺らは一切関与しない。何をしようが俺らは知らん。ただし、時間になったらお前が何を言おうが中に踏み込む。それでどうだ」
「充分だ。さすが大将、話が分かるねェ」

銀時も近藤の案に乗りからからと笑う。

しかし、近藤には笑えるほどの余裕はない。厳めしい顔つきのままだ。

「で、連中のアジトはどこなんだ」
「ああ、あの窓から山が見えるだろ。そのふもとに古い寺に奴らはいる」

近藤は窓の外を見た。確かに建物らしきものが見えるが、寺かどうかまでは分からない。だが、嘘を吐いているとは思わなかった。
土方も銀時と近藤との間で話がついてしまった以上、渋々ながら道を開けた。

「銀ちゃん!私も行くネ!」

神楽が愛用の傘を手にした。睨みつけるようなその目には強い意志がある。神楽ならば銀時の足手まといになる事はない。しかし、銀時は優しく言った。

「お前は新八見ててくれ。お妙が来たら困るし、起きた時に誰も居なかったら寂しいだろ。お前の分まで銀さんやってくっからよ、な?」

諭されるように言われ、神楽は渋々ながら頷いた。

「……分かったネ。その代わりギッタンギッタンにやっつけてこないと駄目アルヨ!」
「おう、まかしときな」

病室を出て行く銀時を今度は誰も止めなかった。

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