バタバタと足音がしたかと思うと、勢いよく扉が開き、茨木が慌てた様子で入ってきた。
それまでの和やかな雰囲気は一気に緊迫したものに変わった。
「大変だ!天人の奴らが向こうの村を襲い始めた!」
「すぐに向かう!皆は?」
「表にいる!」
「わかった。すぐに指示を出す!」
馬鹿話で盛り上がっていた面々も刀を手にして立ち上がる。
沖田も立ち上がるが、桂がそれを押し留めた。
「沖田、お前はここにおるがいい。お前にはお前の仲間がいるのだからな。さっき共に戦うと言ってくれたがな、その志だけで俺たちは十分だ」
桂の言葉と表情は沖田のことを親身になって案じてくれているのが良く分かる。けれど、沖田はその言葉を振り切った。
「俺も行かせてもらいやすよ。この国を護るんでしょう?だったら、今戦わなくてどうするんでさァ」
沖田のその迷いの無い眼差しに桂の方が折れた
「……ならば銀時と行け。そして危なくなったらとにかく逃げろ。よいな?」
五人は他の仲間と共に、すぐさま戦場へと向かった。
天人の群れがどんどん増えていく。端から侍たちが標的だったのか、村には目もくれず一直線にこちらへと向かってくる。予定では何人かで固まり確固撃破を狙っていたのだが、当初の報告よりも天人の数が多く、そのため自然と少人数にバラけてしまった。沖田は銀時といたが、桂の言葉のためだけでなく、沖田自身が銀時の戦う様を見たかった。
「沖田、生きて帰んぞ」
「当たり前ぇです」
沖田がニヤリと笑うと、銀時もニヤリとした。
「頼むぜ」
それを合図に二人は天人の群れへと突っこんで行った。
* * *
――程無くして、その場は静かになった。
沖田たちを取り囲んでいた天人たちは、今はもう地に伏して動かなくなっていた。
その累々たる死体の中、沖田は半ば呆然と銀時の背中を眺めていた。沖田自身、修羅場は幾度となく経験しているが、それでもこれだけの敵を相手に、それもたった二人っきりで戦ったことなど無かった。よく生きていられたと思ったが、それは銀時の存在に因るところが大きいと沖田は思う。
銀時の戦う姿は凄まじかった。肉を切り骨を砕き血が舞う。銀色が駆け抜けるたびに血飛沫が上がり、荒々しくも隙の無い太刀捌きの前に、天人は次々と死んでいった。
万事屋の銀時しか知らない沖田が、これが白夜叉なのかと納得するには充分過ぎる、異常なまでの強さだった。
「オレが怖いか」
振り返った銀時と目が合った。その表情は先程までの戦いの昂りは無く、いつもの銀時だった。それでも答える自分の声が掠れるのが分かる。
「正直――恐え。アンタが恐ろしい。白夜叉と呼ばれるのも、無理はねぇ」
「そうか」
銀時の表情は変わらなかった。もう幾度となく返されてきた答えなのかもしれなかった。
「けど――だけど、俺もアンタも侍だ。この国を護るために戦ってる。たとえアンタが鬼だろうが夜叉だろうが、その強さがそのために使われるんなら、アンタを恐れる必要はこれっぽっちもないんでさァ」
白夜叉だろうが万事屋だろうが、銀時の根本はなんら変わらない。これから先も。そう思った。しかし、沖田の真っ直ぐな視線に、銀時は悲しげな表情で微かに笑っただけだった。その憐れみにも似た表情に、沖田はそれ以上、口を開くことが出来なかった。
銀時は沖田から視線を外し、遠くで未だ戦う天人たちの姿を見た。
「沖田、俺は向こうの加勢に行って来る。お前はアジトに戻ってろ」
「一緒に行きまさァ!」
沖田は叫んだが、銀時は小さく笑って言った。
「確かにお前は強いよ。剣の腕だけじゃねえ、ちゃんと侍の魂を持ってる。けどなぁ、やっぱりお前はわかっちゃいねぇんだよ。生きるか死ぬか、殺るか殺られるか。その瞬間に国なんて関係ねぇ。剣を振り上げ相手を斬るとき――俺は確かに夜叉なんだろうよ。恐れられて当たり前だ。それを国のためだから恐くねぇだなんて、そんなこと言ってたらお前すぐ死ぬぜ。現に俺はそんな奴らを嫌というほど見てきた」
それはこの戦争をその力のみで生きる者の言葉。
そんな銀時を前に、自分は圧倒的に覚悟が足りなさ過ぎたのだと、沖田は思い知った。
「……だったら、アンタは何で戦うんです。なんでそんなに足掻くんです!」
「そりゃあ、俺は侍で……そんで人間だからな。戦うしかないのさ」
銀時はにこりと笑った。
「お前は仲間のところに帰ってやれ」
そう言うや否や、銀時は身を翻し、天人たちの方へと駆けて行った。
沖田はその小さくなっていく後ろ姿を追うことが出来ず、ただその背に向かって名を呼ぶことしか出来なかった。