真実は未だに定かでなく

沖田はハッと目を覚ました。
そこは見知らぬ和室の一室だった。そして、そこに敷かれたふとんに沖田は寝ていた。全く覚えがない。起き上がって部屋の中を見回すと、隊服の上着とベストがハンガーに掛けられているのが目に入った。刀は、と探すと枕元に丁寧に置かれていた。屯所ではないのは確かだが、他に思い当たるような所も無かった。
ガラリと襖が開いた。

「あ、沖田さん起きましたか。頭、痛くありません?」

入ってきたのは万事屋の従業員、志村新八だった。沖田の横に座る。

「メガネってこたァ……万事屋?」
「ええ、沖田さん、頭を打って脳震盪を起こしてたんですよ。それで、一番近かったここに慌てて運んだんです。お医者さんに診て貰って、安静にしていれば大丈夫だっていう事だったんですけど……って、大丈夫ですか?」

いまいち状況が飲み込めていない様子の沖田に、新八は眉を顰める。

「本当に大丈夫ですか?ほら、沖田さん、神楽ちゃんとまたケンカをして」
「あー、そういやァ……。おう、思い出してきた」

沖田はそれまでの経緯をやっと思い出した。
いつものように見廻りをサボっていたら、万事屋の三人と一匹が揃って歩いているところに出くわしたのだ。そして、これまたいつものように神楽とケンカになった。その途中。

「あのデケェ犬が飛び込んできたんだったけな」

それが神楽を護ろうとしたものか、それともただ単に自分も遊んで欲しかっただけなのかは分からないが、定春の巨体に飛び掛られてはさすがに一たまりもなく、沖田は吹っ飛ばされて頭を打ったのだった。

「大丈夫でさァ。全部キッチリ思い出した。頭の方も何ともねぇし、平気でィ」

その言葉に新八が安堵の表情を浮かべる。

「良かった。でも、念のため病院で診てもらってくださいね。頭を打ってる訳だし、心配ですから。それと、このタオル使ってください。凄く汗かいてるようでしたから」

そう言って渡されたタオルをありがたく受け取った。新八はそのまま出て行ってしまったが、沖田は少しの間ぼうっとしていた。

「……夢、か」

それにしてはあまりに生々しい夢だと思った。今でも天人たちを斬った感触が手に残っているし、銀時の言葉もはっきりと覚えている。血の臭いすらするような気がしたが、もちろん気のせいでしかなかった。
沖田は溜息を一つ吐くと、頭を切り替え身支度を始めた。ハンガーに掛けられた上着は綺麗にブラシが掛けられていた。

  *  *  *

襖を開けると、今度は見覚えのある万事屋の事務所だった。どうやら目が覚めたばかりらしい銀時につい目がいってしまう。

「……大丈夫アルか?」

沖田に気付いた神楽が心配そうに訊ねてくる。定春の飼い主でもあるから、責任を感じているのかもしれない。沖田はニヤリとする。

「生憎とそんなにヤワにゃ出来てないもんでねィ。コレぐらいでどうってことねぇさ」
「……っ!ホント死ななくて残念だったアル!心配して損したネ!」

怒りながらも神楽は、ソファに座るように勧めた。目の前の銀時は大あくびをしている。

「旦那、今日はご面倒をお掛けしやした」
「んー、まあ運んだのは俺だけど、後は新八だから」

相変わらずやる気の無い表情である。それでも自分の見た夢はわりと事実に近いものだと、沖田は疑っていない。桂や高杉との関係が事実かどうかは置いておくとして、銀時が凄まじい強さと覚悟を持って生き抜いてきたのは確かだと思う。だからこそ今の坂田銀時があるのだろうとも。
銀時に名前を呼ばれて、新八があっと声を上げた。

「そうだ。さっき言い忘れちゃったんですけど、屯所の方に連絡入れときましたから」
「別にそんな必要ねぇのに」

沖田が嫌そうに言うと、新八が小さく笑った。

「帰りが遅いって心配してましたよ。迎えに行くって言ってましたから、あと五分もあれば来るんじゃないですかねぇ」
「……俺ァ帰らしてもらいやすよ」
「もうすぐ来ますよ?」
「お迎えって歳でもねえでしょうよ」
「この場合、年齢は関係無いと思いますけどねえ」

新八が苦笑しながら言うが、それ以上は言わなかった。年の近い新八には沖田の気持ちが分からなくはないのだろう。

「それじゃあお世話になりやした。この借りはなんらかの形で返させてもらいまさァ」

とたんに甘いものやら金やら酢昆布やら聞こえて来たが、それらを無視して玄関を出た。
と、閉めたはずの玄関がカラカラと開いた。

「旦那?」

出て来た銀時は頭をぽりぽりと掻きながら言った。

「お前にな、わかっちゃいねえと言ったが、別にお前が間違ってるとは思わないぜ。俺とお前とじゃ時代が違うんだ。もう、あんな戦はねえさ」

それは、その答えは――――。

「だん、な……」

驚く沖田に銀時は笑った。

「あいつらにとってお前はいつまで経ってもガキなんだぜ?あんまり心配かけてやんなよ」

銀時の視線の示す先には、すごい勢いで通りを走ってくる二つの黒い影が見える。それは紛れも無く。

「近藤さん、土方さん……」

銀時はニヤリとした。

「仲間んとこ帰れっつったろ?」
「ええ……そうしまさァ」

沖田もニヤリとした。


結局のところ何がどこまで本当だったのかは分からない。けれど、それが真実だろうがただの夢だろうが、沖田には関係なかった。
沖田は走り来る二人に、珍しくにこりとした笑みを向けた。

夢と現と幻の。

2006.06.29

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