1.夢のはじまり











浅い眠りの中で夢を見た。

生まれもっての性格の所為か藍家という血筋の所為かは判らないが、元来深い眠りに落ちることは無い。

自分が見る夢は大抵が仕事に関することか、家のことだ。兄達にからかわれて死にそうになったことや、弟に振り回されて迷惑を被ったことは今でも心的外傷となって夢に見ることがある。そんな夢を見た朝はとても気分が悪い。

代わりに女性の夢は滅多に見ることは無い。普段の妓楼通いが功を奏しているのかも知れない。

だから、その夢は滅多に見ない類の夢だった。

 

彼と出会ってから幾度と無く想定してきた仮定だったのに、今まで夢に見ることは無かった。それなのに。どうして今頃になって夢に出たのか。

理由は明白だった。

 

「もし、俺が女だったらどうする?」

 

彼がそんなことを口にしたから。

 

 

 

 

月から降りて来た天女がいたら屹度、こんな姿をしていただろう。

反射的に伸ばした手をパシリと叩き落された。

「他の女を触った手で俺に触れるな」

その瞳の強さも彼そのもので、ゾクリと鳥肌が立つ。

いつも呼吸をする様に出る、流れる様な台詞も出てこない。

「…こ、絳攸」

「何だ」と言いたげに見上げてくる色素の薄い菫色に吸い寄せられる。

自然と身についた、絳攸曰く「胡散臭い」微笑も出来ていない。屹度、色男に相応しくない顔をしているのだろう。

 

「結婚して欲しい」

 

絳攸の瞳が大きく見開かれるのを見て、自分が何を言ったか理解した。

あっさりと、こんななんの捻りも無く。気付いたら言の葉は紡がれていた。

自分は一生独り身でいるつもりだったのに。

絳攸の口がいやにゆっくりと開く。それを祈るような気持ちで見詰る。

 

「馬鹿か、貴様は。誰がお前みたいな年中頭に花を咲かせた様な常春男と結婚するものかっ。俺には黎深様という心からお慕い申し上げている方がいる」

「そう言うことだ、藍家の若造」

ケッと吐き出された言葉よりも、どこからとも無く現れた彼(彼女?)の養い親の姿に慄く。絳攸が幸せそうな顔で養い親に寄り添う。

「ちょ、何言って!あんたら親子でしょう!?」

思わず言葉遣いが可笑しくなる。

「何言ってる、はこっちの台詞だ。俺と黎深様は血が繋がっていない。愛人だろうと、側室だろうと何とでもなる」

「愛人!?側室!!??」

絳攸の可愛い口からそんな言葉が出るなんて!

頭が可笑しくなりそうだ。

そんな自分を尻目に黎深はふふん、と笑って絳攸の肩を抱いた。

「あんな年中発情男は放っておいて行くぞ、絳攸」

「はい、黎深様」

そう言って遠ざかる二人の背中に目一杯手を伸ばした。

「ちょ、ちょっと待った―――――――!!!!」

 

 




 

 

目に映ったのはよく見慣れた天井と伸ばした己の手だった。

「………夢、か…」

長年の親友がある日突然女性になって、気付いたら自分が求婚していただなんて…随分と衝撃的な夢である。

後半はもっと衝撃的なことがあったのだが、何だか思い出したくない。というか記憶から抹消したい。これでは自分は王の夢を笑えないではないか。

楸瑛は常より重い足取りで出仕した。

 

執務室に着く前に、先程夢で会ったばかりの親友に会った。

「おい、楸瑛。今日の朝議だが…何だよ、人の顔ジロジロ見て」

「…ちょっと失礼」

「は?」

楸瑛は衣の上からピッタと絳攸の胸を触ってみた。

「ぎゃっ!貴様、何考えてるんだ!!」

楸瑛は絳攸に殴り掛かられる前にその手を引いた。

「いやね、君が女性かどうか確かめようと思って」

「はぁ!?ついに頭に虫でも湧いたかっ!!」

「酷いな。随分と興味深い夢を見たから実際確かめてみただけなのに…それにしても残念だな。女性ではなかったか」

「夢だぁ?」

胡散臭そうに眉を寄せる絳攸を無視して、楸瑛は今朝の夢を思い出した。前半部分だけ。

「うーん、女性版絳攸はとても魅力的だったな。胸は余り無かったみたいだけど」

「き、貴様!!何の話をしている!?」

いくら夢とはいえ聞き捨てなら無い言葉に絳攸が声を荒げる。

「え?成人男子としてごく普通の感想だと思うけど」

「お前が『普通』を語るな!」

「嗚呼、失礼。何も君の身体的特徴を非難している訳じゃないんだよ?確かに世の中には大きい方が好みの男もいるだろうけど、私はそんなことないよ。可愛らしくて素敵じゃないか。その上、そのことを気にして悩んだりしている姿はより愛らしいし」

絳攸は余りの怒りでフルフルと体を震わせていた。

その姿を見て楸瑛は最大級の雷が落ちる前に、話をすり替えることにした。

「絳攸、朝議が始まってしまうよ?」

「―っ!判っているっ!!」

誰のせいだっっ!と内心で悪態をつきつつ、絳攸は踵を返す。

「絳攸」

その背中に声を掛けられ「くっ!こっちじゃなかったか!」と、絳攸は内心で焦った。

「(そっちで合ってるよ、珍しく)聞き忘れたことがあるんだ」

「何だ?」

道が合っていたことにひっそりと安堵しつつ、絳攸は振り返った。視線の先に居た男は本当に笑顔で聞いた。

「君さ、女性になる気は無いの?」

「…そんなのある訳無いだろうがぁぁぁぁ!!!!」

一拍の後絳攸の怒声が廊下に木霊し、朝議の資料が散乱した。

 

 

 

 

楸瑛は散乱した資料を拾い集めながら、考える。

本当に残念だ。

夢で終わらせるには、余りに惜しい。

 

心から

欲しい、と思った。












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絳攸後天的女体化連載開始します。同志の方にゆっくり楽しんで頂けたら幸いです。
某俳優さんのように「大きさでも形でもなく、味だ!」なんて楸瑛に言わせたらただの変態になるので止めました(汗)

07/8/6

戻る/続く