藍家の嫁取り大作戦
「で、何でその状況で告白が出来ない訳?」
十三姫は飲んでいた茶から口を離して、そう言った。
ここは藍家貴陽別邸。兄妹の楽しい語らいの一時…という訳ではなかった。楸瑛は突然現れた異母妹に何故か説教されていた。
「そうは言うけどね…私だって面と向かって振られたら立ち直れるかどうか…」
「馬鹿ね、兄様。そんなこと言ってはぐらかして逃げ道作って来たから、今の状況なんじゃない」
女々しいことを言い出した兄に、異母妹はがつんと言った。
「…いや、でもね。この前の夜は実にいい雰囲気だったんだよ?あの絳攸が私の為に舞まで舞ってくれて」
楸瑛は異母妹からの多少の打撃を受けながらも言い返してみる。
「それで?何か進展はあったのかしら?」
「………あー、うん。それが…」
楸瑛はその夜のことを思い出して、実に苦い顔になった。
本当にいい雰囲気だった。あのまま押し倒せ…いや、愛が深まりそうな夜だった。それを見事に打ち破ったのは…矢張りと言うか当然と言うか……絳攸の養い親だった。
突然紅家から使いが寄越されて「当主様が直ぐにお戻り頂くようにと」と言われれば、絳攸を帰さない訳にはいかない。絳攸も黎深様や百合姫に何事かあったのではと、慌てて紅家の邸へと帰って行った。
その翌日、絳攸に昨晩は何事かあったのかと尋ねると、彼は実に嫌そうな顔をした。彼の偉大なる養い親、紅家当主兼吏部の氷の尚書であらせられる紅黎深殿は…心配して帰宅した養い子に、何でも「暇だから腹踊りでもしろ」と仰ったそうだ。
「はぁ?腹踊り?」
それを聞いた楸瑛は珍しくも素っ頓狂な声を出してしまった。
「…そうだ。腹踊りだ。常々からあの人の考えることが理解できんかったが、今回のは更に意味不明だった」
「え、踊ったの?」
「踊るかっ!断固拒否したら、珍しくも納得された」
「へぇ、それは良かったね」
「で、代わりに舞いでも舞えと言われて…」
「ええ!?」
「何でお前がそんなに驚くんだ?」
「で!で!舞ったの!?」
「ああ。百合様も観たいと仰られて…。しかしあの人は俺の舞なんて観て何が面白いんだか。舞を観たければ玄人を呼べばいいものを。俺の技芸なんて所詮官吏になる為の付け焼刃だからな。やはり嫌がらせか」
いやいやいやいや、絳攸。それは違うよ。嫌がらせは君に対してではなくて、明らかに私に対してだよ。舞ってことは、舞ってことは、それって、明らかに当てつけですよね?そして、やはり筒抜けですか、そうですか。
「どーして迎えが来る前に、ぼやぼやしてないで一発…」
「十三っ!女性がそんなこと口にするものじゃないよ!!!」
うら若き乙女の口からとんでもない言葉が出そうになったので、楸瑛は慌てて遮った。しかしそんなうら若き乙女である十三姫は、茶を一口含んでから唸った。
「うーん…でもそうね、紅家の当主が相手となるとなかなか難しいわね。流石は天つ才」
…天つ才というよりただの親馬鹿だと思うが。
「三兄様達に言えば喜んで協力しくれると思うけど?」
「それだけは、止めてくれ!!」
楸瑛は全力で拒否した。
協力だけで済むわけが無い!下手したら紅藍両家の全面戦争にも為りかねない。
「そう?ま、面倒なことになりそうだしね」
あっさり引き下がった異母妹に楸瑛は聞きたいことがあった。というか、本当はずっと気になっていたのだけれど。
「ところで、十三姫。…迅は?」
「ああ、あいつ傷口が膿んじゃってさ。診療所に放りこんどいた」
…舐めても治らなかった訳か。
「でねっ!あいつの新しい名前考えたんだけど」
十三姫は卓に身を乗り出し、きらきらした目で折畳まれた紙料を取り出した。
「どれがいいと思う?」
その紙料を広げて異母兄に意見を求めた。
「…何でどれも『馬』が付くんだい?」
「え、基本でしょ」
「……もう迅でいいと思うよ」
今更だけど、本当に今更だけど。妹のこのノリは某国王と合っていると思う。
「楸瑛様、お話中失礼致します」
廊下から家人に声を掛けられ、楸瑛はそちらに視線を向ける。
「何だ?」
「実は、あの、お客様が」
言い難そうな家人の口調に嫌な予感を覚える。
「まさか…兄上達ではないだろうな?」
「いえ!違います!」
その言葉に安堵したのも束の間。
「当主様の奥方様です」
…何だって!?
家人に連れられて室に入ってきた玉華に十三姫が声を上げる。
「玉華義姉様!」
「あら、その声は十三ちゃん?」
懐かしい声に玉華の顔が綻ぶ。
「義姉上」
しかし、楸瑛はこの義姉との再会を素直に喜べなかった。何故なら玉華のお腹の中には既に新しい命の存在があるのだ。
「そんな体でこんなところまで来られて、もしお腹の子に何かあったら…」
腹の子のことだけではなく目が見えないことも心配なのだが、本人はそれについては昔から気にした風もない。
諭すようにきつめに言ったのだが、相手はふわりと笑っただけだった。
「適度な運動はお腹にもいいからって」
「適度!?どこがですか!?」
楸瑛は自分の身内がやはり特殊な人間ばかりだと再認識した。
「それで?突然どうかしたの、玉華義姉様?」
尤もな質問を十三姫はしたが、玉華はふふ、とくすぐったそう笑った。
「雪那さん達から楸瑛の恋路に是非協力して欲しいと頼まれたの」
…こちらから頼む間でもなく、兄達は協力する気満々のようだ。
「…貴女にこんなことを言うのは大変心苦しいのですが…、お願いですから藍州にお帰り下さい」
「あら、どうして?まだ何もしていないわ」
「兄様酷いわ。幾らなんでも来てすぐ帰れだなんて」
土下座する位の気持ちで言ったのに、義姉には伝わっていないわ、異母妹には責められるわ、楸瑛は頭痛がした。
「…分かりました。今日はこちらに室を用意させます。しかし、本当に何もしなくて結構ですから」
「楸瑛ったら反抗期かしら?」
「欲求不満なんじゃない?」
「十三っ!!」
義姉の天然発言と異母妹のとんでも発言の所為で、頭痛が増した気がする。
頼むから大人しくしていてくれと懇願し、次の日楸瑛は後ろ髪を引かれまくる思いで出仕した。
それを見送った後、十三姫は玉華に声を掛けた。
「さぁ、玉華姉様出掛けるわよ」
「どこへ行くの?」
「兄様の好きな人のところよ!あのヘタレ兄様じゃ何年経っても進展しないわっ。私たちが何とかしてあげなくちゃ」
楸瑛が居たら確実に打撃を受けることを十三姫は堂々と言い切った。言っていることがどこかの三つ子と同じなのは、やはり血が繋がっているからか。
「ええ、可愛い楸瑛の為に頑張るわ」
頼もしい玉華の言葉を聞きながら、十三姫は何となくあの兄馬鹿な三つ子達が何を考えて玉華を寄越したのか悟っていた。まぁ自分が気付くこともあの三つ子兄達の作戦の内なのだろうが。
―――いいわ、雪兄様達に乗ってあげる。その代わり上手くいったら、私とあいつを放っておいて頂戴ね。
十三姫は心の中で勝手に決めてしまった。
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新刊「白虹は天を〜」発売前に前編だけUP。「扇の行方」の後の話。やはり不憫はヘタレだったという話(え)。どんどん不憫が乙女になってゆく…。しかし原作「青嵐に揺れる〜」では強ち間違ってもいない気が…(汗)
迷子は国試状元及第だもんね、舞くらいできるよね。
07/8/28