あの日の約束
王になることを決めた時。
国中の人々を幸せにすることはできないが、不幸にすることはできてしまうことを知った。
逃げ道が欲しかったのかもしれない。
だから、その約束は自分の甘えから生まれたもの。
「楸瑛」
劉輝は側近の名を呼んだ。
もう一人の側近は書翰を届けに出たきり戻ってこない。もうすぐ一刻になるから、どこかで迷っているのかもしれない。
「何です?」
朝議の資料を整理していた楸瑛は顔を上げた。
「余は頑張る。頑張って頑張って、頑張る。それでもどうしても駄目で、どうしょうもなくなったら…余の首を刎ねてくれるか?」
突然、馬鹿なことを言っていると思う。それでも言わずにはいれなかった。
只の自己満足であったとしても、こんなことを頼めるのは彼しかいなかった。
「…貴方が死んでも、どうにもならないかもしれませんよ?」
優秀な側近は静かに言った。
「…兄上が、きっと何とかしてくれる」
これも只の甘えだ。兄上はもう清苑公子ではない。
それでも、優しい兄上なら自分と秀麗の為だったら、きっと何とかしてくれる。
「…判りました」
「楸瑛」
礼を言おうとすると楸瑛がそれを遮った。
「頑張って頑張って、それでもどうしても駄目で、どうしょうもなくなったら…一緒に逃げましょうか」
一瞬何を言われたか理解できなかった。
「へ?逃げるのか?」
「ええ」
聞き間違いかと思ったが、相手は満面の笑みだ。
「二人で?」
「いいえ、三人です」
その意味を理解すると、目頭が熱くなった。
「…三人か。駆け落ちだな」
「ええ、三人で駆け落ちです」
藍家と紅家の息のかからぬ土地など、この彩雲国のどこにもないと知っていて、
それでもそんなことを言う。
その口先だけの優しさが、嬉しくて。
「でも、どうしても駄目だったらですからね?」
「うむ」
「それまでは頑張って頑張って、頑張って頂きます」
「…うむ」
「持てる駒を全て使って、手の内を全て晒して、考えうる対処を全て行って、それでもそれでも…でないと、絳攸は一緒に来てくれませんからね」
「……うむ」
最後の逃げ道は、この上なく優しかった。
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「遥かなる道」で劉輝と楸瑛が言っていた約束の話。
「責任とって一緒に死んじゃいましょう」より「逃げちゃいましょう」の方が楸瑛らしいかなっと。しかも相方も道連れです。
07/7/2収納