「さらば、貴陽!」おまけ@











「…おい」
どれ位そうして居ただろうか。耐えられなくなった絳攸が、自分を抱き締めている男に声を掛けた。
「…もう少し位いいだろ?」
少しくぐもった声が自分の肩口から聞こえた。
「いい加減にしろ!俺は早く帰りたいんだ」
常春男の長い髪を引っ張る。
「絳攸、痛いよ」
そう言って上げた男の顔はいつもと変わりなく、その事に気付かれないようにそっと安堵する。

「一刻も早く帰らないと…朝廷がなくなっているかもしれん」
「それは……」
考えすぎだろう、とはとても言えない。十分有り得る話なのだから。
「全く!お前の弟が俺を攫ったりするからこんな事態になるんだ!」
「それについては、本当に申し訳ないね」
絳攸は今回の一件で、楸瑛が弟を台風と称した意味が判った。確かに。被害を受けるのは周囲だけで、本人は全くの無傷だ。屹度、楸瑛は19年間台風の被害に遭ってきたことだろう。加えてあの兄達である。
少し…楸瑛に同情してしまう。

「龍蓮といえば、何故か巨大な海月を背負っていたんだけど…何でか知ってる?」
楸瑛は先程、廊下であった弟の姿を思い出して聞いた。本人に聞いたところで、まともな答えが返ってこないことは判っていたので、聞きはしなかったが。
「…心の友への土産がどうのこうの、とは言っていたが……………」
最後に彼が残した言葉を思い出して、絳攸は呟く。
「……………………………土産、か」
「……………………………土産、だそうだ」
何故、海月なのか。というか、風向きは関係あるのか、と絳攸は眉を顰めた。
三兄のように塩をあげた方がよほど龍蓮の株があがるのに、と楸瑛は遠い目をした。

「思えば、ここに辿り着くまでも散々だったな」
「…そうだろうね」
自分だってあの弟と2人旅なんて、御免だ。
「あいつの笛で気を失ったり、あいつが駆る馬に乗った所為で酔ったり、置き去りにされたり…」
楸瑛は絳攸の言葉に聞き捨てなら無い部分があるのに気付く。
「一頭の馬に二人で乗ったのかい?君と龍蓮で?」
「乗ったというか、運ばれたというか…途中までだがな」
「……………………………」
何故か楸瑛は顎に手を当て考え込んでいる。
「まぁ、腕前だけはよかったのかここに着くのは早かったぞ」
「…ふーん…」
一応取り繕ってみるが、反応はいまいちだった。意味が判らん。
「楸瑛?」
「…判ったよ。行きより早く貴陽に着いてみせる」
絳攸が訝しがっている内に、楸瑛は何か納得する結論に辿り着いたようだ。
「何なんだ急に?」
「いいから、いいから。早く帰ろう」
楸瑛が弟に対抗意識を燃やす理由が判らなかったが、早く帰りたい絳攸がそれに文句を言うことはできなかった。

何の相談もなしに、とかじゃなく。傍にいないことに苛々して。そんなことで心乱される自分自身に苛々して。
「傍に居て欲しい」なんて口が裂けても言わないが、あんな気持ちになるくらいなら…隣であいつに怒鳴っていた方がマシだ。自分も大概、あの男の常春に汚染されているのかもしれない。




「で、何で馬が一頭なんだ!?」
「さぁ、私達の愛の巣へ帰ろうか」
「―この常春がっ!貴様なんか帰ってくるなっ!!!」












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双花の帰路編でした。いや、これから帰るのか…(笑)では、「弟に妬いて対抗心をもつお兄の話」でした。双花を書くといまいち甘くならない不思議。
07/4/10収納

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