未だ見ぬ未来に











「随分、慌てて出てくんだな」
荷造りをしていた背に声を掛けられ、楸瑛は振り返った。
「迅」
「玉華さんに告白でもしてフラレたか?」
幼馴染は片眉を上げて、少しおどけて見せた。
「…違うよ」
中々鋭い幼馴染に、楸瑛は何とか苦笑いで答えた。
「ちょっと変なこと言ってしまって、顔合わせ辛いだけ」
「変なことって、何言ったんだ?」
「う…」
言いたくないから遠まわしに言っているのに、結局しゃべる羽目になった。



「お前、そんなこと言ったの?」
楸瑛の話を聞いて、迅は純粋に驚いた。
「…笑っている以外の顔が見たかったんだ」
言いながら、結局その顔も見れなかったな、と思う。
顔を合わせ辛いと思っているのも屹度自分だけで、会ったら彼女はまた変わらない笑顔を向けてくれるだろう。
それがまた辛かった。
いっそ迅が言うようにさっさと告白でもして、綺麗さっぱりフラレた方がよかったのだろうか。
いや、そんな止めを刺されるのも辛い。
「歪んでんね、お前。好きな女には笑っていて欲しいとか思わないわけ?」
「…お前はそうなのかよ」
「当然だ」とばかりに迅は笑った。
その顔がちょっと悔しくて「少女趣味の癖に」と思ったが、迅自身も異母妹も意外と気にしているようなので口に出すのは止めた。
「ま、そういう訳だから私はさっさと貴陽に行くよ。お前と十三姫のこと見届けれないのは残念だけど」
この幼馴染は自分の異母妹の十三が十六歳になったら結婚する約束だ。
そんな未来が待ってるだなんて自分にしたら、実に羨ましい。
けれど、それ以上に二人には幸せになって欲しいと心から思う。
迅は十三姫の為に色んなものを捨てた。かけがえの無いものを捨てた。
十三姫はそのことに負い目を感じているけれど、十三姫自身が迅のかけがえの無い存在なのだ。
楸瑛は二人のことを誰より近くで見てきた。
色々なものを失くしてきた二人だからこそ、二人で幸せになって欲しい。

「あー、でも屹度すぐに戻ってくる羽目になるんだろうな。…じーさんになるまでこのままだったらどうしょう」
「ぶっ」
「…笑うな」
結構、切実な悩みなのに。
「十三姫のこと頼むぞ」
「言われなくても」
「…今ならもれなく龍蓮も付けてやる」
「は?何で龍坊が」
「私はどうしてもあいつが可愛くない」
「そうか?結構可愛いとこがある奴だと思うが」
「どこが!?偶に帰ったかと思えば私の顔見て愚兄、愚兄言うんだぞ!」
「まーまー、いつか分かり合える日が来るんじゃね?」
「…そんな日が未来永劫来ないことを願うよ」
楸瑛は綺麗な顔を歪めた。
「それより、お前国試の方は大丈夫なわけ?」
「ああ。適当に顔売って、あんまり舐められないように藍家の存在を示してくるよ」
「ふーん、適当にねぇ」
迅は年下の幼馴染の顔をじっくりと見詰た。
昔は只の馬鹿殿だったが、長い間見込みの無い片思いをしてきた所為でか、すっかりひねくれたように思う。
外面が無駄にいいだけに、余計性質が悪い。
「何だ?」
「いや。なんつーか、居るといいな。玉華さんじゃなくってさ、お前に革命を起こしてくれるような奴」
「革命?何だ、それ?」
「お前が傍に居たいって、思える相手に出逢えるように祈っててやるよ」
「……そりゃーどーも」
楸瑛は投げやりに、顔の横で手をひらひらと振った。



全く、誰も彼も好き勝手言って。
迅にとって十三姫のような、玉華にとって長兄のような…そんな存在など。
自分には、いらない。


未だ見ぬ未来に、何一つ望みなどなかった。












*************

「革命前夜〜藍楸瑛編〜」の後のお話。
迅としゃべらせると楸瑛がどーしても別人になってしまいます。
そして原作・青嵐、白虹を開く度にダメージ受けてしまいます。
早く青嵐・白虹が「そんなこともあったねー☆」って笑い話にならないかなぁ。
07/12/18 収納

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