TOPバックナンバー 1
    立教172年(平成21年)7月18日発行 第244号
    一面挨拶

静岡大教会創立120周年に向けて
三年千日のスタート

静岡大教会創立120周年記念祭
平成24年7月8日執行

静岡大教会創立120周年三年千日お願いづとめと回廊拭きひのきしん(平成21年6月25日)
静岡大教会創立120周年
三年千日お願いづとめと回廊拭きひのきしん
(平成21年6月25日)
 先日は、静岡大教会創立120周年に向けて、6月25日におぢばにおいて、お願いづとめをさせて頂き、引き続き、教祖殿まで回廊拭きひのきしんもさせて頂きまして、誠に有難うございました。それぞれの思いを胸に、これからの三年千日を通りきる心定めをしっかりさせて頂いたと思います。静岡大教会に繋がる教会長、よふぼく、信者一同が、先日発表させて頂いた活動目標に添って、遅れることなく通らせて頂きたいと思います。
 しかし、人間はマンネリ化し易い生き物で、またいつもの、10年に1度の何周年とか、何年祭が来たのかといった、今までの経験が逆に新鮮さを失わせて、時間だけが過ぎ去るといった事にもなりかねません。今何不自由なく結構であれば、今までやってきたように通らせて頂けばいいのでしょうが、恐らく、今の自分、または、身内、更には取り巻く環境なども含めれば、身上事情など、いろいろと不安や問題となる事が多く、何とかしなければならないと感じている方がほとんどではないでしょうか。
 そのような難儀不自由な中から、我々が結構にならせて頂く道中を、教祖はおふでさきにおいてお諭し下されています。

  やまさかやいばらぐろふもがけみちも
  つるぎのなかもとふりぬけたら   (1号 47)

  まだみへるひのなかもありふちなかも
  それをこしたらほそいみちあり   (1号 48)

  ほそみちをだんだんこせばをふみちや
  これがたしかなほんみちである   (1号 49)

  このはなしほかの事でわないほとに
  神一ぢよでこれわが事       (1号 50)

 人それぞれに背負ったいんねんがある故に、我々の通って行く道は、確かに楽なものではありませんが、その中を、如何なる場合でも神様の事を忘れず通らせて頂くなら、必ず結構に通らせて頂けるようになる、と励まして下さっているのです。
 さあ、今こそ、我々よふぼくが、立ち上がる時旬であります。静岡大教会に繋がる皆様方、この三年千日を、共に喜び勇んで通らせて頂きましょう。

立教172年(平成21年)7月18日      
静岡大教会長 松浦一郎