わらべはみたり 3

 志摩は雪男の不意の微笑に頬が紅潮し、耳まで赤くなった。胸の奥はざわざわと落ち着かず、背筋にぞわっとした感覚が降りるのを感じる。慌てて隣に座り込み、相手に悟られたのではと隣を伺うが、雪男はさっそくとばかりに弁当を広げていて志摩は少しがっかりした。

 雪男の弁当を覗き込むと、何種類ものおかずが色とりどりに詰めてあるのが見てとれた。ご飯の方はこれまた立派なのり弁だ。

「いつもながらに見事な愛妻弁当ですな。俺のコンビニ弁当とはえらい差や」

 『愛妻弁当』の言葉にふっと笑み、雪男はおかずの入った弁当を志摩の方へ向けた。

「ちょっと食べてみる?」

「え、ええんですか?なら、お言葉に甘えて」

 卵焼きをひとつ取って口に入れた。

「ん、んんっ」

 出汁の効いた玉子焼きは甘すぎず塩辛すぎずなんとも絶妙な味わいで、志摩は思わずオーバーアクションで雪男を振り向いて叫んだ。

「こ、これはまさに味のシンフォニーや!」

 派手なアクションに一瞬驚いた後、雪男は眼鏡の奥の瞳を嬉しそうに細め、どこか得意げにうなづいた。

「ええなあ。毎日こないなお弁当食べれるやなんて。そういえばお昼、お兄さんと一緒には食べはらへんのですか?」

 冗談でしょう、というように雪男が肩をすくめる。

「おそろいの弁当を男兄弟並んで?変な目で見られるよ」

「そうですやろか」

「そういえば、今日は1人なんて珍しいね」

 いつも3人一緒に行動をしている印象が強いのだろう。

「あー、何か坊と子猫さんがケンカしてはりまして。空気が気まずいんですわ」

 だから逃げてきました、と志摩は言う。

「ふーん。兄弟ゲンカみたいなものかな」

「そうですねえ・・・」

 ホンマはどっちかというと痴話ゲンカやね、と志摩は内心突っ込んだ。

「奥村先生んとこも兄弟ゲンカしなさるん?」

「よくするよ」

「よく、ですか」

 意外に思い、志摩は雪男の顔を見た。

「僕は融通が効かないし、兄さんは我慢ができない性質だから」

 雪男は小さくため息をついた。

「あー、なんか分かりますわ」

 会話が途切れ、辺りを静寂が包み込んだ。小鳥の声が遠くから聞こえる。初夏の風がざわざわと木々をなでて行った。学校の喧騒もここまでは届かないようだ。

「ここ、静かでええですね」

(こんな場所があったんやなあ、しかも美人と2人きりなんて、なんてパラダイスや)

 浸っている志摩に雪男の現実的な声が聞こえた。

「あんまり人が来ないから、仮眠を取るにはいいね」

「せんせ、寝に来なはったん?」

「昨夜任務が深夜までかかったから寝不足で」

「授業中に寝たらよろしいのに」

「それは駄目だよ。先生に失礼だ」

 雪男の顔がふとこちらを向き、視線があった。思わずどきりとする。

「そういえば志摩くん、この前の授業うとうとしてたよね」

「あ、バレてました?もうしませんて」

「そう?」

「絶対にしませんわ。これだけは自信ありますて」

 なぜなら先生を愛でるのに忙しいからだが、当人にはとりあえず内緒である。

「そうしてくれると嬉しいな」

 雪男は腕時計で時間を確認すると手早く弁当を片付け始めた。

「そろそろ戻ろうか」

「あ、そういうたら」

「帰り道が分からない?」

 言葉の続きを奪われて唖然とし、志摩は立ち上がって優しく微笑む雪男を見上げた。

「だと思った。案内するよ」

 志摩が立ちあがるのを待って歩き出した雪男に、志摩はそっと肩を並べた。




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