神父さんと僕 その3―1

 ときに子どもというのは恐ろしい。
自分の欲求に素直で一途で、世間体や大人の都合など全く考慮してはくれない。



「とうさん、大好き」

 雪男がそう言いながら獅郎のひざに乗り首にぎゅうっと抱きついてきた。

 そんな雪男はとても可愛い。
本当に可愛い。
頬ずりしてキスをして食べてしまいたいくらい可愛い。

「とうさんも僕のこと好き?」

「兄さんよりも好き?」

「どんな風に好き?どのくらい好き?」

 夢見るような甘い瞳で繰り出される矢継ぎ早の質問に『もちろん、とうさんはお前が大好きだよ』と答えながら、どこか嘘をついている気持ちになる。
酔いつぶれた日にうっかり見せてしまった劣情には、やはりしっかり蓋をして鍵を掛けておかなくては。
それなのに。

 雪男が引き出そうとしている答えはおそらくそこなのだ。

 踏み越えてしまった線より後ろには戻れなくて、でもまだ踏みとどまっている振りをする。
親である俺と子である雪男という関係に。


 ふと眼をやった台所で、椅子に座った獅郎の首に雪男がかじりついているのが見え、双方の気持ちを知っている長友はギョッとした。

「甘えん坊だなあ、雪男は」

 獅郎がそう言いながら、雪男の身体をよしよしとなでている。

 雪男はまだ幼いのだから親子の情景として間違っている訳ではない。
が、しかし。
問題は雪男がうっとりと熱のこもった眼で獅郎を見ていることと、それ以上に。

 ・・・獅郎が雪男の身体をなでる手がいやらしく見えるのが、おそらく思い違いではないことだ。

(この腐れ聖職者がっ)

 口に出して罵倒しそうになるのを何とかこらえ、長友はふたりに近寄ると咳払いをした。
邪魔をするなと言いたげな視線を向けられるが気にしてはいられない。

「雪男、勉強の時間ですよ」

「はあい」

 少し名残惜しそうにしながらも雪男は獅郎のひざから降りた。
それでもまだ手は獅郎の腕を握ったままで、しばらく見つめ合う。
獅郎が雪男の頭をなでる。

「頑張ってこい」

 くすぐったそうに微笑みながらうなずいて、雪男はやっと獅郎から離れた。



 長友の自室で雪男は小5の漢字ドリルに取り組んでいた。
雪男はまだ2年生だが数年後には祓魔塾に飛び級で入学する予定であるから、それまでに読み書き計算、理科、社会などの基礎知識を習得しなければならない。
各々の修道士が分担して教えているのだが、長友の担当は国語だった。
今は主に漢字を教えている。

 大人たちにとって、雪男はとても教え甲斐のある良い生徒だった。
漢字を機械的に覚えるのはそれほど難しくはない。
しかし、雪男の吸収力は桁違いでいつも驚きの連続なのだ。
雪男は読書量も多く文章を書くのも得意だが、「高校1年程度」にはまだ余裕があり、その分を補うため自分にまだ教えられることがあるという事実が、長友は純粋に嬉しかった。

 テスト代わりのドリルの丸つけをしていると、それを眺めていた雪男が口を開いた。

「ねえ、長友さんってとうさんと仲が良いよね」

「まあ、そうかな」

 雪男は少しうつむいて恥ずかしそうにもじもじした後、顔を赤らめて上目遣いにこちらを見た。

「あ、あのさ」

 手を止めて雪男を見る。

「・・・とうさんって恋人とかいるのかな」

 長友は眼をそらせた。
思わずため息が出る。

「雪男は神父が好きか?」

「う、うん」

「で、神父の恋人になりたいのか?」

 返事はないが、見るとうつむいて耳まで赤くなっている。

「あのなあ、雪男。小さい子は大人の恋人になっちゃいけないんだ」

 残酷なようだが言っておかなければと長友は思った。

「え?」

 驚いたように雪男は顔を上げた。

「大きくなるまで待たないとな」

「いけない・・・ことなの?」

「そうだ。もし雪男が神父の恋人だって学校の先生に知られたら、雪男も燐もこの家には居られなくなるんだよ」

「・・・どうして?」

「法律でそう決まっているんだ」

 本当の理由は、力関係から大人が子どもを食い物にしているように見えるため世間体が悪いとかそんなところだろうが、取り合えず法律のせいにしておく。
間違いではない。

「そう・・・なんだ」

 泣くだろうか。
落ち込んでうつむく雪男を見ると、やはり心が痛んだ。

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