神父さんと僕 その2―2

 夕食が済んだのでエプロンをつけ食器を洗おうとお湯を出した。
そこへ食事の終わった双子が、自分の食器を下げにくる。

「長友さん、とうさんは?」

 雪男が尋ねた。

「神父は仕事で今日は帰りが遅くなるそうだよ」

「そうなんだ・・・」

 それを聞いた雪男が見るからにしょぼんとする。

「雪男は寝不足だろう?今日は早く寝なさい」

「はい」

 肩を落とし、うつむいてとぼとぼと雪男が食堂を出て行く。
心配そうに燐がそれを見送った。

「なんだ。今朝のこと問い詰めてやろうと思ってたのに、とうさん遅いのか」

「神父に聞いても無駄だぞ、燐。何にも覚えてないらしいからな」

「ちぇ」

 燐が頭を掻く。

「雪男からは何か聞いたか?」

 燐は首を振った。

「何度も訊いたけど、何にも教えてくんない」

「そうか」

 燐が聞き出せないのでは、実際に何があったのかは憶測の域から出ないなと長友は思った。

「学校でもずーっとぼーっとしてるしさ、大丈夫かなあ雪男」

「まあ、今日は寝不足なんだろう」

「それだけ?」

 燐の問いにさあ?と肩をすくめながら、それだけなら良いのにと長友はこっそりため息をついた。







 次の日、いつもと同じ朝。

 前の日に眠れなかったせいで昨夜はさすがに一晩ぐっすり眠れた雪男は、いつものようにタオルを持って台所へ向かった。
入口から新聞を広げている獅郎が見え、雪男はどきっとして立ち止まった。

「おはよう、雪男」

 獅郎がこっちを見て、微笑みながらそう言った。
その声、向けられた優しい瞳に釘付けになる。

「お、おはよう、とうさん」

 なんとか朝の挨拶はしたものの、顔がかあっと熱くなるのを感じて戸惑い、雪男は回れ右をして廊下に出ると戸口の横の壁に隠れた。
壁を背にして持っていたタオルで眼鏡の下から顔を隠す。
どきどきする。
息が上がる。
どうにか落ち着こうと思い、何度か深呼吸した。

「何してんだ?雪男」

 通りがかった燐が不思議そうに首をひねった。



 その後も獅郎の姿が見えるたびにどぎまぎしてしまうので、極力獅郎の方を見ないように、間違っても眼が合わないように気をつけて雪男は朝食を取った。

 食事を終え、食器を持って流しへ向かう途中で獅郎の横を通ろうとしたとき、獅郎が急に腕に触れた。

「雪男」

 驚いて食器を落としそうになる。
ちらと見ると獅郎の少し悲しそうな困った顔が眼に入った。
触れられた腕が熱い。

 たまらなくなって雪男は逃げ出した。

「おい、雪男」

 獅郎の視線が追いかけてくる。

  「ごちそうさま」

 流しにいた長友にそう言い食器を置くと、雪男は急いで台所から走り出た。







「雪男、まだ、怒ってるのかな」

 双子が学校へ行くのを見送ってから、獅郎はそう言ってため息をついた。
明らかに避けられていたし、眼も合わせてくれない。
『行ってきます』の挨拶も下を向いたままぼそっとだった。

「明日訓練室取ってあるんだけど、どうすっかな」

 ふたりきりで出かけるのは嫌がるだろうか。
かと言って雪男の訓練を他の誰かに頼む気にはならず、獅郎はため息をついた。

 視線に気付いてちらと振り返ると、長友が苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ていた。

「なんだー長友ー。言いたいことがあったら言えー」

「なら、言いますが。雪男はまだ7歳ですよ。手を出したことが児相や学校にバレたら双子の親権を剥奪されますからね。自重してください」

「おま、脅すなよ」

 双子と一緒に暮らせなくなるなんて、考えただけでも恐ろしい。

「脅しじゃありません、事実です。それに、近所の噂にでもなったらそれだけじゃすみませんよ」

 立っている長友に上から睨まれる。

「あと11年、我慢して下さい」

 獅郎は遠い眼をした。

「11年か、長げーなあ。俺、待ってられっかな・・・」

「大体、普段から邪な眼で見ているから酔ったときに手が出てしまうんですよ」

 長友が非難げな眼で言った。

「あんな可愛らしい子を前にして何も思うなって?そりゃ、無理だろ。不可抗力だよ」

 長友の顔が引き攣り、片眉がぴくぴくと震える。

「とにかく、神父が手を出さなければ進展しませんから。分かりましたか」

「・・・分かったよ」

 不機嫌そうに低さを増した声に不承不承そう返事をして、獅郎は深くため息をついた。



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