「あー、頭痛てー」
翌朝、獅郎は食卓で新聞を広げながら頭を抱えていた。
「明らかに二日酔いですね」
珈琲を差し出しながら、長友があきれた顔で言った。
「ゆうべはいつ家に帰ったのかも覚えてねえよ」
「・・・覚えてないんですか?」
長友が眼を丸くする。
獅郎はそれを見て、何だよいつもと台詞がちがうじゃねえか、と少し不思議に思った。
ふと眼を上げると、戸口に雪男が立ちこちらを見ている。
「おう、雪男。おはよう」
いつもと同じ『おはよう、とうさん』という明るい返事が返ってこず、獅郎はいぶかしんだ。
「とうさん、昨日の夜のこと、覚えてないの?」
「ん?あ、ああ」
雪男はふくれた顔でずしずしと獅郎に近付くと、持っていたタオルを獅郎に投げつけた。
「ゆ、雪男?」
「とうさんの馬鹿!とうさんなんか、大っ嫌い!!」
真っ赤な顔でそう叫ぶと雪男は走って台所を出て行ってしまった。
すれ違った燐は驚いた顔で雪男を見送り、獅郎の方を向くと眉をしかめた。
「とうさん何したんだ?雪男泣いてたぞ!」
ぽかんとして獅郎がつぶやく。
「・・・俺、何かしたか?」
長友が非難げに獅郎を見た。
「そうでしょうね。雪男、ゆうべ様子がおかしかったですよ」
獅郎は深くため息をつき、ゆっくり立ち上がると雪男の後を追いかけた。
双子の部屋の前に立ち、獅郎はドアをためらいがちにノックした。・・・返事が無い。
「入るぞ」
そう宣言してから部屋に入る。
案の定雪男は自分のベッドの中で布団をかぶって丸くなっていた。
「雪男」
ベッドサイドに立ち声をかけると、丸くなった布団が動き雪男が頑なに身を縮めたのが分かった。
とにかく謝るしかないと思い、獅郎は膝立ちになり一度深く息を吸い込むとベッドの頭側の端に手をつき頭を下げてこすりつけた。
「雪男、すまん。とうさんが悪かった」
覚えていなくとも理性を失った自分がやりそうなことは分かっている。
雪男の様子からしておそらく間違っていないだろう。
「もう二度としないから赦してくれ」
しばらくその体勢のまま固まっていると、ごそごそと雪男が布団の中から顔を出した。
「・・・覚えてないんじゃないの?」
「え、いや、なんつーか、その少しは覚えてるよ・・・」
泣くのに邪魔だったのだろう。
雪男は眼鏡を外し、泣きはらした赤い眼に涙を溜めていた。
今さら後悔しても遅いものの、泣かせてしまった事実に心が軋むように痛んだ。
と同時に、否応なく身体の奥から湧き上がる別の情に、我ながら反吐が出る。
無理矢理そこから意識を引き離すと、獅郎は内心ため息をついた。
「雪男、ひとつ訊いていいか」
「なに?」
「どっか痛いとこはあるか」
「ううん、ないよ」
「そうか」
取りあえず取り返しのつかないことはしていないらしい、と獅郎は胸をなでおろした。