神父さんと僕 その1 3

「ねえ、とうさん」

「なんだ?」

「なんであんなことしたの?誰か女の人と間違えちゃった?」

「ま、まあそうかな。とうさん、お酒飲み過ぎていろいろ分かんなくなっちゃってたんだよ・・・ごめんな」

「ぼくじゃなくて、兄さんでも同じことするの?」

 返答に詰まる。
まさか、おまえだけだと言うわけにもいかない。

「する・・・かもな。でも、もうしないぞ。しないから大丈夫だ、安心しろ」

 雪男は眉間にシワを寄せた難しい顔のまま、獅郎をじっと見ていた。

 慰めようと思い手を伸ばすと、雪男はまた布団の中へ亀のように引っ込んでしまった。
胸がずきりと痛む。

「そうだ、とうさんしばらくお酒は飲まないようにするよ」

「しばらくってどのくらい?」

 布団の中からくぐもった声が聞こえる。

「一年くらい?」

「一年は長いなあ。付き合いもあるしな・・・一週間ぐらいか」

「じゃあ、一ヶ月」

 頭の上半分を布団からのぞかせて雪男が言った。

「分かった。一ヶ月な」

 雪男がかわいらしい手をにょきと突き出した。

「指きりげんまん」

 触れさせてくれることに少し安堵して、獅郎は自分の小指を雪男の小指に絡ませた。
指きりの歌を優しく歌ってやる。

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲−ます。指切った♪」

 まるで名残を惜しむかのように歌い終わった後も指を離せず、ようやく少し落ち着いたらしい雪男と静かに見つめあう。
また拒否されるだろうかとためらいがちに手を伸ばすと、今度は頭をなでさせてくれた。
雪男がくすぐったそうに眼を細める。

 後ろでガチャと扉が開く音がして、ドアの隙間から燐が顔を出した。

「ゆきおー、そろそろ支度しねえと時間ないぞ」

「あ、うん。兄さん」

 雪男は指を離すと眼鏡をかけ、起き上がって布団から出た。

 燐はすれ違うときにタオルを渡し、雪男に身支度を済ませるよう言うと、自分は部屋に入って2人分の帽子とランドセル、横断バックを手に持った。

「ありがとうな、燐」

 弟を気遣う燐に礼を言うと、燐は獅郎をジロリと睨んだ。

「雪男のこと、次泣かしたら、いくらとうさんでも赦さないからなっ」

 それだけ言って燐が部屋を去る。
なんとなく背筋が冷えるのを感じながら、獅郎は燐の背中を眼で追った。





「行ってきまーす」

「行ってきます」

「おう、行ってこい」

 まだ赤い眼をしていたがそれでもなんとか気を取り直し、いつも通り挨拶を輪唱して学校へ向かう双子を見送り、獅郎はひと息ついて食卓へ座りなおした。
朝食を並べる長友の物問いたげな顔が眼に入る。

「これからは俺が酔っ払ってるときは子どもたちを近づけないようにしてくれ」

「言われなくてもそうしますよ」

 ため息と共に長友が返した。

「あー、それから一ヶ月は酒飲まないって約束したからな。晩酌もやめだ。頼んだぞ」

 ふーっと息をつくと、獅郎はわざと明るい調子にして言った。

「まあ、大丈夫だろ。一線は越えてないみたいだしな」

 長友がじろと睨み、辛辣な声を出した。

「それはどこに線を引くかによりますね」

 越えてしまった線はどこだろう。
考えただけで冷や汗が出る。

「一ヶ月と言わず、一生禁酒なさったらいかがですか」

 言い捨てて立ち去る長友の背中を見ながら、獅郎はまた深くため息をつき頭を抱えた。

END (2011.07.19)

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