「おぅー、帰ったぞー」
玄関先ですっかり酔っぱらって千鳥足の獅郎が叫ぶ。
隣で身体を支えていた長友があきれてため息をついた。
「飲み過ぎですよ、神父(せんせい)」
数人の修道士が獅郎を迎えに出てきた。
丸田と経堂が獅郎を引き取り、部屋へ運んでいった。
長友がこった肩を回してほぐしているところに、和泉が話しかけた。
「お疲れ様です。また迎えに行ってきたんですね」
「ああ。いい加減にして欲しいよな、毎度毎度」
「はは」
愚痴を言い合いながら二人は去って行った。
その様子を、物陰から雪男がこっそりとうかがっていた。
出された課題に質問があったので、義父の帰りを待っていたのだ。
ふらふらした獅郎の様子が心配になり、雪男は台所でコップに水を汲むと獅郎の部屋へ持って行った。
ドアが見えるところまで来たとき、獅郎を運んできた丸太と経堂が部屋から出てきたのが見え、雪男はこそこそと物陰に隠れた。
本当であればもう寝ていなければいけない時間だったから、見つかれば部屋へ戻されてしまう。
二人が見えなくなってから獅郎の部屋の扉の前に雪男は立ち、一度深呼吸すると、ためらいがちにノックをした。
・・・返事が無い。もう一度さっきよりは強めに叩いてみた。
すると、あーだかうーだか何か返事のようなうめき声が聞こえたので、雪男は薄く扉を開くと、そっと中をのぞき込んだ。
「あ゛ー、だれだー?」
安楽椅子にぐったりと寄りかかった獅郎が低い声でけだるげに言った。
普段自分には見せないぞんざいな態度に雪男は怯えてびくっとした。
「ん?何だ、雪男か?どうした。こっち来いよ」
獅郎は雪男に気付くと身体を起こし、手招きをした。それを見て雪男は獅郎の傍へ小走りで走り寄った。
「とうさん、お水持ってきた」
「おお、気が利くな雪男は」
獅郎は眼を細めると雪男の頭をなでた。
眼鏡を外した義父を間近に見るのは初めてで、少し胸がどきどきする。
獅郎は渡された水を飲むとこれを机に置き、自分の左ひざを叩いて雪男を呼んだ。
「雪男、おいで」
もうひざに乗るほど小さくはない、と思う。
少し気恥ずかしかったが、嬉しくもあったので呼ばれるままに獅郎のひざの上へちょこんと腰掛けた。
「でかくなったなあ、雪男」
獅郎は左腕で雪男の腰を抱くと、右手でまた頭をよしよしとなでた。
「生まれた時はこんなちっちゃかったんだぞ」
こんなだ、と両手の中指を突き合わせる。
「よくぞここまで大きくなってくれたなあ。ありがとな、雪男」
両腕でぎゅっと抱きしめられる。
顔が近付いて獅郎の吐息が顔にかかる。
(お、お酒臭い・・・)
「かわいいなあ、雪男は」
かわいいかわいいと服の上から雪男の身体をなでていた獅郎の手が片方、パジャマのすそから侵入し素肌をなで回し始めた。
嫌ではないが何か変な気持ちだ。
照れくさくなって顔が赤くなるのが分かった。
心臓がどきどきする。
「と、とうさん?」
逆の手が雪男の頬に触れ、そこから耳と髪をなでた。
とろけるようにとろんとした眼のふちが赤い、微笑みをたたえた口元がふとほころぶ。
「雪男」
名前を囁かれただけなのに何故か鳥肌がたつ。
顔がさらに近付いて、唇で唇を塞がれた。
(・・・?!)
生温かいものが口腔に侵入してきたので、雪男はびっくりして離れようとした。
が、獅郎の手に頭をしっかりと押さえられ逃げられない。
そのまま口の中のあちこちを舐めまわる舌にされるがままになる。
唾液が混ざり合い、口の端からあふれ出た。
(く、苦しいよ・・・)
息の継ぎ方が分からず、解放されると雪男は真っ赤な顔で大きく肩で息をした。
義父と眼が合う。
何か恐ろしくなって、腕の隙間から必死で雪男は逃げ出した。
急いで獅郎の部屋を出ると雪男ははあはあと息をしながら扉を背にして立ちすくんだ。
今のは何だったんだろうと考えるが、混乱していて考えがまとまらない。
「雪男?」
通りがかった長友に声を掛けられ、雪男はビクッと身体を跳ねた。
「まだ、起きてたのか?」
「お、おやすみなさい!」
逃げるようにその場を去ると、雪男は自分の部屋に戻って二段ベッドの下の段へもぐりこんだ。
壁の方を向いて丸くなる。
ぎゅっと眼をつぶって眠ろうとするが、一向に動悸がおさまらない。
胸が苦しくて痛い。
(明日になったらとうさんにあれが何だったのか訊いてみよう。そうしたらきっと分かるから)
初めて感じる得体の知れない感情にたじろぎながら、雪男はそう自分に何度も言い聞かせた。