放課後はいつもの祓魔塾 2

 教室の扉が開き、それと共にコツコツと規則正しい足音が聞こた。耳聡くそれを聞きつけた志摩がびくっと身体を起こす。

「兄さん」

「おお、雪男」

 燐が振り返ると、祓魔師の制服をいつものようにきっちりと着こなした雪男が布の袋を差し出していた。

「ジャージ、部屋に忘れてあったから。今日、体育実技あるよね」

「あ、サンキュ」

 雪男がため息混じりに言う。

「小学生じゃないんだから、支度ぐらいひとりでできるようになってよ」

「分かってますって」

「あ、あの、せ、先生!」

 がばっと立ち上がった志摩が言った。顔を赤くし、眼を輝かせている。

「はい、何ですか志摩君」

 先生モードの一見優しそうな微笑を顔に貼り付け、雪男が答えた。

「えと、質問があるんで後でお時間頂いてもええですか」

 緊張しすぎて声が上ずり、イントネーションも平板になってしまっている。

「ごめんね、今日は他の仕事が入ってて無理なんだ。また今度にしてくれるかな」

 にこやかに志摩に答えた後、雪男は燐に向かって言った。

「兄さんも、遅くなるかもしれないから先に寝てていいよ」

「お前、また任務かよ。昨日朝帰りだったじゃんか」

「よく気付いたね。いつもぐっすり寝たまま何があっても起きないのに」

「夜中に目が覚めたとき、まだいなかったからさ」

「今日は昨日の事後処理だから、昨日ほど遅くならないとは思うけど」

「お前、飯ぐらいちゃんと食えよ。残すとウコバクが怒んぞ」

「大抵、帰ってから食べてるよ」

「それって深夜だろ。身体に悪いぞ。途中抜けて食べにこれないのかよ」

「うん、まあ努力はするけど」

 雪男は腕時計で時間を確認すると、軽く別れを告げて出て行こうとした。

「じゃあ」

「おう」

「せ、せんせ、さようなら!」

 上ずった志摩の声にふと雪男は振り返り、微笑して答えた。

「はい、さようなら」

 またコツコツと規則正しい靴音を響かせながら去っていく雪男の背中を、志摩はキラキラオーラ全開で見送ると、はあ、と悦に入ったため息をつきながら椅子に腰掛けた。

「また今度、やて」

「・・・いや、志摩さん、今のは完全に相手にされてへんかったよ」

「逢えんはずの日に偶然2度も逢えるやなんて、これは運命や・・・」

「聞こえてへんな」

 状況を掴みきれない燐がまたたきした。

「え、何?どゆこと?」

「まさかと思たけど、奥村せんせか・・・」

「そうですねえ」

「雪男がどうかした?」

「せやから、志摩さんが熱をあげてはる相手が、奥村せんせやて話ですわ」

「え、雪男?」

 燐が驚いて叫んだ。

「だって、男だぞ」

「志摩さん、惚ったはれたんときはどっちもありなんですわ」

「節操ないねん、こいつ」

 驚いて固まってる燐を尻目に、勝呂と子猫丸はふと肩の力を抜いた。

「でもまあ、あの先生なら大丈夫やろ。むしろ良かったかもしれへん」

「そうですねえ、安心ですわ」

「ちょ、ちょっと待てよ。全然良くねえよ。何が安心だよ!」

 慌てる燐に子猫丸は詫びた。

「えろうすんまへんなあ、お身内には失礼やったね。けどせんせなら、お嫌ならご自分で撃退できますやろ、いうことですねん」

「せや。これが気弱で押しに弱いタイプだと苦労するん」

 うちらの出る幕はなさそうで良かったですわ、と笑い合う2人を見て、燐は内心愕然とし、雪男の外面の良さを呪った。

(違う。あいつは、本当は・・・)

 まさに『気弱で押しに弱かった』子ども時代が思い出される。内気で臆病で泣き虫で、いじめられても泣き寝入り。何がしたいのかどう思っているのか、こっちが一生懸命察してやらないとなかなか表現してくれなかった。

 恋愛感情には極度に疎くて・・・そういえば、さっきの志摩のうわついた様子にも、雪男は全く気付いていなかったのではないだろうか。

 肩の荷を降ろした風の勝呂と子猫丸とは対照的に、燐は徐々に不安が大きくなっていくのを感じていた。



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