放課後はいつもの祓魔塾 3
「雪男のやつ、まだかよ」
あれこれ気になって寝るに寝れず、パジャマ姿で燐は部屋をうろうろしていた。
「くそっ」
ときどき頭をかきむしる。
あいつは仕事が恋人なのか、だとしたら大した熱愛ぶりだ。
いつもは全く気にせず先に寝てしまっているのに、起きて待っているとなると途端に自分が放って置かれている気分になるから不思議である。
「ん?やっと帰ってきたか」
悪魔になってから過敏になった五感が、雪男の帰宅を知らせていた。マンガでも読んでいたことにしよう、と雪男のSQを適当にあさりベッドにもぐりこんだ。
がちゃり、と部屋の戸が開く音がする。
「ただいま」
「おう、おかえり」
ほっとしたような顔で雪男は部屋に入ると、荷物を置き上着を脱ぐと壁にかけてあるハンガーに掛けた。
「兄さんがこんな時間に起きてるなんて珍しいね」
声が幾分嬉しそうだ。
「もう寝るけどな」
「そう」
雪男は部屋着に着替えると書棚から本を数冊取り机に置くと、座ってノートを開いた。
「お前、今から勉強かよ。つか、飯は?風呂は?」
驚いた燐が身体を起こす。
「明日の授業の準備だよ。やっておかなきゃいけないことだし、兄さんが起きてるんならこっちを先にしようかと思って」
「はー。よくやんな、お前」
「兄さんも起きてるんなら勉強でもしたらいいのに」
「もう寝るって言ってんだろ」
「はいはい」
本とノートに集中し始めた雪男を確認してから立ち上がると、燐は視線をうろつかせ身体を掻きながら自分の席に向かった。椅子を雪男に寄せてから逆向きにして腰かけ、背もたれに顎を乗せて雪男を眺めた。
ぶすっとしているだけの燐をちらと見て視線を戻し、雪男は言った。
「何?言いたいことがあるんなら早く言えば?」
「あー、えと、あのさ」
燐は視線を外し言いにくそうに口を開いた。
「お前、志摩のことどう思ってる?」
(あ、やばっ)
思わず前置きをすっとばし、ずっと脳内をぐるぐるしていた問いを唐突に発してしまい、燐はあせった。
「どうって・・・まあ、もう少し頑張って欲しいなとは思ってるけど」
「頑張るって、何を」
「何をって・・・具体的に何がって、今すぐに言うのは難しいよ」
結局何が聞きたいのか、と雪男は燐の方を向いた。
「急にどうしたの?志摩くんがどうかした?」
「あ、いや、その」
燐は視線を泳がせた。
「昼間、俺の知らないとこで何かあったみたいだったから」
「ああ、お昼休みにたまたま会ったから一緒にご飯食べたけど?」
「それだけ」
「うん」
それだけで志摩があんな状態になったのは何故だろう、と燐は首をひねった。
「そういえばお前、あんまり同年代の友だちとか恋人とかいないよな」
「そうだね。でも、それほど必要と感じたことはないし、それに」
雪男は机上に視線を戻し、作業に戻った。
「たとえ作ったとしても遊んでる暇もないし、話も合わないよ」
燐はふと思い当たることがあり、心が少し重くなった。
「なあ」
「ん?」
「お前って、7歳のときからそんな感じだったのか?勉強に忙しくて、友だちも作れなくてって」
最年少祓魔師。そうなるためにどれだけの犠牲を強いられてきたのだろう、この弟は。やらなくてはならないものは学校の宿題ぐらいしか無かった自分の日常と、どれほどの差があるのだろう。
「それって、やっぱ俺が・・・」
「兄さんのせいじゃないよ」
雪男は燐の言葉をさえぎって、きっぱりと否定した。
「僕が選んだ道だから。後悔はしてない」
雪男は燐の方を向いて微笑んだ。
「だから兄さんもそんな顔しないで」
「そっか。お前は強いな」
「別に強いからではないと思うけど」
「いや、強いよ」
思い定めてからそれを貫く強さ。燐はそれを少し眩しく感じた。
「兄さんも」
「ん?」
「祓魔師になるって決めたんなら、もっと頑張らないとね」
「・・・そうだな」
雪男は机の上の本とノートを片付けると、風呂道具を用意し始めた。
「でも、今日はもう遅いから寝たら?でないと、兄さんは朝起きないでしょ」
「お前はいつもそんなに寝ないでよく平気だよな。寝るの遅いくせに朝は早く起きるし」
「兄さんこそ、あれだけ寝てまだ寝れるんだってことに毎朝僕は感心してるけどね」
荷物を持つと雪男は部屋の入口へ足を向けた。
「電気消すよ?おやすみ、兄さん」
「おやすみ、雪男」
パチと明かりが消え、雪男は風呂へ入り食事を取るために部屋を出て行った。
END(2011.6.12)
子猫丸の「お嫌ならご自分で撃退できますやろ」は、無理矢理押し倒されても反撃できるよね、って意味です。
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