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住吉神社

戸塚レポート@
      

 青梅まつりについて、分かる範囲で簡単に紹介します。
 青梅のおまつりは600年余の歴史を持ち、祭典の日時は以前は4月28日と決まっていたそうですが、今では、4月28日は神社での祭祀のみ行い、山車の曳行は5月2・3日に行われています。

 この地方は機織物で栄え、豪商が江戸から山車を購入し、華やいでいったという事です。

 山車の形式は以前は江戸型の三層高欄の山車であったが、江戸をはじめどの地方でもそうであったように、電線の影響により曳行が不可能となり、今では入母屋造の屋台型の12台が曳行されています。

 前半分が踊り舞台となっており、そこでお囃子が演奏されます。また元々の氏子である旧五ヶ町(中泉と同じような呼び名ですネ)が、山車につけていた人形を、各町内の人形場なる所に飾っているそうです。

青梅の住吉神社が神功皇后をお祀りされていることから、神功皇后の人形や水引幕に鮎の刺繍(東組と同じ)が施してある町内もあります。

 お囃子はこの地方では当然の、江戸の葛西神社が発祥の地であり、後に江戸の神田祭・山王祭・三社祭などに演奏されたものと同じく、神田囃子が起源であると思います。

 私が聞いた限りでは川越と非常に似ていると思いますが、青梅の方が少しテンポが早い気がします。特に各町での囃子連の組織がしっかりしているようで、小学校高学年から50歳近くの人で構成されているようで、新人の小学生には挨拶の仕方から教え込むそうです。

 今の時代に育った子供はとかく横の世界しか知らずに育っているような気がしますが、こういった縦の世界での自分の位置を認識し、成長していく様子はやはり伝統の賜物だと思います。また居囃子も盛んに行われ、他町からメインの通り(青梅街道沿い)へ出てきて一角を借りて演奏されます。

 曲目は白狐や獅子頭の烈しい舞での屋台
 おどけた動作の四丁目・仁羽
 人形場での挨拶には静かな昇殿・ねんねこ
 その他にも新囃子・宮鎌倉・トッパトーガクといった曲があります。


             
            青梅市墨江町祭囃子面一覧


 面はいくつあるのでしょうか?ひょっとこ・獅子・天狐(白狐)・おかめ・大黒・だるま・猿・狸・恵比寿・大蛇・岡崎・数々の外道……いくつあるのか叉調べてみます。
 我がみ組では今、ひょっとこ・おかめ・般若・白狐のほか、笑い面、半面なども舞っています。すべて青梅をルーツといっても過言ではありません。

 ここのまつりの醍醐味はなんといってもヒッカワセでしょうね。
 山車のすれ違いや交差点での山車同士は、山車が回り舞台となっているので、お互いに向け合いお囃子の打ち合いとなりますが、各町内ごと作戦が色々とあるそうですよ。

 以上、今解る範囲で紹介させて頂きました。
勿論まだまだこの地方のまつりは奥が深そうなので研究したいと思いますので、その節にはまた紹介させて頂きます。




青梅の屋台

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青梅市墨江町祭囃子面一覧

戸塚レポートA

 5月3日に待望の青梅大祭を見学して来ましたので報告させて頂きます。朝5時磐田を出発し東富士道路経由・八王寺経由で青梅へは午前9時少し前に着きました。
 各町内の屋台9時発だと見えて初前に木遣りをやっている町内も見受けられました。

 屋台は江戸型山車ではなく分類的には青梅型になると思います。古い屋台は江戸末期からのものだそうですが、それらも元々は江戸型山車であったそうです。
 しかしこの地も他地区と同様に明治になって電線が張り巡らされるようになると運行不可能となり上部を切ったようです。

 旧5町が当時の山車に載せていた人形が人形場で展示されており当時の様子が伺えます。
 またお囃子は江戸神田囃子の流れを汲んでおり、近くの川越にも似ていますがより激しいものでここでも時代の流れでしょうか女性パワー炸裂していました。

 特に今回は自町の「み組」の狐は青梅より取り寄せた物でしたので青梅に対する思い入れはかなりありました。
 それに次ぐものは無いかとブッショク?しに面を中心に見に行きましたが、各町内あるわアルワ、ずぅ〜っと途切れる事無く何かしら屋台の上で踊っていました。

 さらに居囃子でもやっているのだから驚きです。聞いた町では30程の面を所有しているそうで、当然の如くそれに伴う衣装も所有しておりそれが実に見事な衣装でした。

 面は、笑い・ひょっとこ・蛙・一文字・もどき・舌だし・空吹き・だるま・たぬき・手力男・獅子・武悪・外道・小べしみ・岡崎・天狐・恵比寿天・大黒天・カッパ・神功皇后までありました。

 また礼儀が統一されている祭典にも思えました。屋台の運行で他町へ差し掛かると役員7〜8人(中泉でいうと外交かな)が会所へ出向き挨拶、そして青梅締めといわれる独特な手打ちで閉めくくられ屋台が運行されます。

 また屋台同士のすれ違い・会所・居囃子・祭典本部へ差し掛かると必ず屋台の台座部分をその方向へ向けてます。これも挨拶であり礼儀なのでしょうね。
 なにげなくやっている青梅締め。
 実は全員が一つの青梅締めという作業をする事により、その場の全員の意思統一が図られ叉団結が図られるという、意義深いものになっていると思います。
 これは何かしらの形で見習いたいものですね。

 クライマックスは午後5時半位から1時間位でしょうか。特に市民会館前では各町内へ帰る3台の屋台を、地元の3台の屋台が見送るというもので、その後更に近くの町内の2台がその場へ合流するというものです。
 更に帰る屋台を見送る様は祭りの最後を惜しんでいるようでいつまでもお互いの苦労にエールを送っているようでした。

 こういった見せ場は、見物人ばかりでなく自分達が楽しむ方法を自分達で作り出しており、楽しみ方を知っているなっと思えました。

また酒を飲んで飲んだくれている人が1人も居ませんでした、どうして中泉は出現してしまうのか?祭典関係者がいけないのだろうか?改めて考えさせられてしまいます。

自分自身今回も新たな驚きと反省が一杯ありました。何かしら参考にして頂けると幸いです。



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