見付/元倉町・船屋台

 今年5月17日(日)に見付元倉町(元蔵社)の見付裸祭の浜垢離で使われた船屋台が、見付天神裸祭保存会の会員達によって、50年ぶりに再組立された。
 この船屋台は昭和27年9月に新調され、祭典一期間のみ試用され、昭和29年・浜垢離船屋台運行中止に伴い、元倉町公会堂内に解体保存されていた。
 月日は流れていった。保存会では、この船屋台を譲り受け、なくなった部品を新調し、完全な形で復元した。
 平成21年9月19日(土)に「見付・いこい茶屋」にて、初のお披露目が行われ、船屋台の展示の他、賑やかにお囃子の披露も行われた。

「浜垢離」=9月23(水)、「見付天神裸祭り」=26、27日(日)にも
「いこい茶屋」敷地内で展示される。

※26・27日にはお囃子の演奏を予定。お嚇子演奏(二番町・幸町)







お囃子披露
根元車(元倉町)船屋台
根元車(元倉町)船屋台
根元車(元倉町)船屋台



浜垢離の船屋台復元              2009.9.19.裸祭保存会

 国の重要無形民俗文化財「見付天神裸祭」は、毎年旧暦8月10日に近い土・日に  磐田市見付地区で行われます。
 今年は9月26・27日(土・日)に当たります。

 この壮大な祭りには、その3日前の水曜日1こ浜垢離(はまごり)とよぶ見付地区全員が 禊(みそぎ)をする儀礼があります。

 今でも、見付地区の多くの人がバスを仕立てて南の遠州灘の海岸に出向き身体を清めて来ます。昭和28年まで、右の写真のように見付地区の各町は船屋台を仕立て、嚇子方(はやしかた)を乗せ、お嘲子を奏しながら、浜垢離に出掛けました。

 船屋台を仕立てて浜垢離に行かなくなって50年以上の歳月が経ちました。多くの方々から船屋台を復元したいという願いが保存会に寄せられました。保存会では出来るところまでの復元を試みました。

 天龍川、池田渡船保存会の舟をお借りし、元倉町に保管されていた屋形の部材を載せて屋形船を復元しました。残念ながら、安全上の問題を最大の要因としまして、今之浦川を船屋台で実際に下ることはできません。
 浜垢離の日は本当に楽しい一日だったようです。

 船屋台には、船印の峨(のぼり)を立て、天幕、提灯(ちょうちん)等で飾り付け、囃子方(笛、小太鼓、大太鼓、三味線など)などを乗せ、浜垢離の料理である「芋の煮っころがし」(里芋を煮たもの)などの御馳走を乗せました。

 東海道に架かる中川橋下手より、今之浦川を下り、坊僧川との合流地点、塩新田辺りまで6キロメートルを船で行きました。
 朝、引き潮の流れに乗って、今之浦川を下り、遠州灘で浜垢離を終え、今度は満ち潮の流れに乗って帰ってきました。

 川沿いの人びとは堤防に出て、この屋形船を見物し、刈ったばかりの新藁束を船屋台の町衆に差し出し、祭の御馳走と交換しました。
 この提供された藁が本祭に用いる腰蓑(こしみの)、草鞋(わらじ)になりました。
 女性や子ども、そして浜に行かなかった人たちは、見付地区内の塔之壇(とうのだん)や寺社に御馳走、弁当を持つて行き、日中楽しく時間を過ごしました。

 夕刻、今之浦川を上ってきた船屋台は、天狗松辺りまで来ると薄暗くなり、提灯に火が入りました。
 提灯の灯りが揺れる船屋台ではお城子が威勢よく奏され、夕闇の中、中川橋近くまで上ってくる船屋台に見物客はうっとりしたと聞きます。
 今回の屋形船の復元は、芸術文化振興基金の助成で行うことができました。


                               <裸祭保存会パンフレットより>