封神演義ファンから見るノックスの十戒


ミステリーの世界ではノックスの十戒というものがあるそうです。どういうものかというと1920年代に聖職者でありミステリ作家でもあったロナルド・ノックスが提示した、推理小説を書くに当たっての十の戒めです。

何でもまだ著作権が有効らしいので全文は書きませんが、例えば「犯人は物語の初期から登場している人物でなければならない」「秘密の部屋や秘密の通路を用いて謎解きしてはならない」「双子は事前に読者に提示しなければならない」とかいったものです。

ようはミステリ作家は読者に対してフェアであれという事です。密室殺人のトリックの真相が謎解き段階で初めて提示された隠し通路だった!犯人は終盤20ページで何の伏線も無く突然登場した人物だった!とか言われたら私はその本を資源回収に出します。

しかし十戒は破っても構わないのです。ノックスの十戒の1つに「探偵自身が犯人であってはならない」というものがありますが、アガサ・クリスティの作品に探偵が犯人であり、尚且つ名作の評価を得ている作品があるんだそうです。

その作品ではあくまで読者に対してフェアである方法で探偵役を犯人にして書き上げたんだそうです。十戒は破ったって構わない。破り方が問題なんです。

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ノックスの十戒は10個のうち九つは解らんでもないのですが、1つだけ「5.中国人を登場させてはならない」という今からすれば訳の解らない項目があります。

と学会会長にしてSF作家の山本弘さんによると「中国人は不思議な力を持っていると思われていたんだろうねえ。実は魔法でしたというオチはアンフェアだからやめようと。それに20年代のパルプ小説における悪の親玉は大概中国人だったからマンネリはやめようという意味合いも含んでいたのかもしれない」

(図書館から借りた「トンデモ本?いや違うSFだ!リターンズ」に書いてあったが、今手元に無いので正確な引用は出来ない。確かこんな意味合いだったはず)

そうですねえ。異国の大地中国を舞台にした本格ミステリにおいて謎解き部分で明かされた真相が

実は中国人が21日間かけて祈祷をして呪い殺そうとしたからだ。とか
 中国人の女の人が21枚の鏡を使って溶かし殺したのが真相です。とか
 この夏の盛りに2,3千人が凍死したのは中国人のジジイが術を使って気温を下げたからです。だの
 中国人の王子様が仙人から貰った特別な鏡の片面の光を当てたら相手は死にました。最後はもう片面の光を当てたらその人が生き返ったのでめでたしめでたし。

とか言われたら誰だって本を壁に叩きつけるでしょう。

とまあこのように封神ファンならノックスさんがミステリに中国人を出してはならないと言った気持ちも解るというものです。

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参考:21日かけて呪い殺そうとしたキャラ。姚天君による姜子牙殺害未遂。姜子牙自身も陸圧の命で趙公明を呪っている。
 21枚の鏡を使って溶かし殺す女性。金光聖母による十絶陣
 2,3千人を凍死させた術を使うジジイ。姜子牙。被害者は前半の佞臣ブラザーズを含めた殷の兵士の皆様(WJ版の太公望は本当に温厚だ)

仙人様から貰った特別な鏡を使って相手の生死を司る中国人の王子様。殷洪。

殷洪の説明は私は嘘は書いていません。書き方1つで一気にメルヘンの世界に突入するのですねえ。

再度書きますが、ノックスの十戒は破ったって構わないんです。破り方が問題なのです。読者にフェアな形で提示しているならば、術や宝貝が本当に存在する神秘の大地中国を舞台にした仙人界における本格ミステリを書いても構わないのです。

むしろ個人的には金光聖母や殷洪が真犯人のミステリが読んでみたいです。相当書き手の力量が試されるでしょうが。


あとがき━━話はうって変わって前回の続き、というか後日談。

私は「原作」において何故か申公豹がダークヒーローになっている事と味方の仙人連中がどうも必要以上に悪人になっている事は無関係だと思っていた。

しかし原作でも安能版でも申公豹は「封神計画に逆らっている」という点では一致しているそうだ。

なので聞いた話では安能版においては封神計画が何というかかんというか、とにかく闡教や天界によるトンデモない陰謀になっているらしいので、それに逆らう申公豹がヒーローになるというは理屈としては通っている。ただし訳本では封神計画自体がそんなに大仰は代物ではない為に単なる私怨で動いているように見えるが。

この辺は安能版未読である筆者には詳しい事は言えないが、筆者が入手した「原作」内容によると、ようするに仙人達には何故か知らんが1500年に一度ちょっと人を殺したくなる時期が来るらしい。なのでそれを発散させる為に本当は必要なかった易姓革命を起こした挙句、邪魔だと思った下級仙人や有能な人間を殺して神界に押し込める陰謀を自分達の都合で発動させたらしい?

ええと・・・最早どこからどう突っ込めば良いか解らんが、1点だけ挙げるなら中国サイドから責められても文句言えないと思った。

あくまで「安能氏の創作」として広まっていたなら言い逃れできるかも知らんが、「原作」じゃねえ。
 日本に例えるなら「かぐや姫は帝の所に売られそうになって、どうしようもなくなり満月の晩に狂死したのが真相」レベルのトンデモ解釈(本当にこんな本があった。じゃあ最後の富士山と不死信仰の場面はどう取るんだ)が何かの間違いで海外に伝わって、「日本ではこんな酷い話が民話になっている!」と解説本やネットで叩かれまくるようなもんか?

もちろん訳本の闡教も相当にアレ過ぎるが、でも幾ら何でもここまで最悪では無い。例えて言うなら訳本の闡教が世界各地の神話にありがちな理不尽な神様だとしたら、「原作」の闡教徒はどっかの終末思想にかぶれた団体が信仰しているヤバい神様みたいだ。

解説本やデータベースサイトなどであまりにも闡教門人らを攻撃的に論じている所が多く、一体何がそんなに彼らの癇に障ったのか少々疑問でしたし困惑すらしました。しかしもし本当に「原作」の封神計画がここまで酷い物だったなら、批判する彼らの気持ちも解る気がします。

ただし念の為にこれだけは書いておきますが、闡教門人は本当はかなり上級の神様なのです。古典・封神演義自体が「本来なら戦う事すらありえないと言われる無為自然の大仙に、強引な理屈付けをして自ら剣を振らせる荒唐無稽小説」とか批判されているんです。

つまり上記に書いたような「原作」の闡教徒の伝承など中国には存在しませんし、こんなカルトな連中を信仰する中国人もまた存在しません。その辺は安心してください。

(2007.02.21)

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