椿説弓張月。関連書籍(再話作品)感想。児童書編


ここからは管理人が読んだ児童書についての感想です。紹介する順番は著者名50音順にするか出版年順にするか迷いましたが、管理人が読んだ順番にします。


『新編弓張月 <上> 伝説の勇者 <下> 妖魔王の魔手』 三田村信行/文 金田栄路/絵 ポプラ社 2006年10月上巻12月下巻

何か凄いサブタイトルで解る通り児童書です。イラストレーターは人気ゲームのファイナルファンタジーXIを手がけた人だそうで、カプコンだかコナミだかが出している、今流行の戦国無双?バサラ?みたいないかにも子供受けしそうな若武者の為朝が表紙です。

まあでも今の子供にはホクサイよりFFXIのイラストレーターの方が受けるんじゃないですかね。

この絵を児童書コーナーの馬琴作品が並んでいる所で偶然見つけた時はかなり驚きました。しかしサブタイや絵柄や表紙に反して内容はかなり原作に近いです。もちろんにょこ達の元に神様が現れて社が云々とか朝稚が白縫に会う場面はカットされていましたし、阿公が鶴亀の祖母設定はなくなり中山王子は死なないなど子供向けの変更点や脚色はありますが。

しかし保元の乱の場面は原作では超ダイジェストでわけが解りませんでしたが、この児童書ではその場面は加筆されています。児童向けとしては良質の訳ですね。

個人的には為朝が奥さんを何回も作るところよりも、実在の上皇が魔道に入る場面と何処の国ですかという感じの沖縄を現代の児童書で書いた方に驚いています。

八犬伝以外の馬琴作品の児童書が一昨年出版されたと言うのはかなり嬉しいです。私もこれで弓張月に興味を持ち、それから一年もしないうちに原文を読んでデータベースサイトをつくってしまったくらいですから。

近所の図書館では子供達に大人気だったので、何年かしたら若い弓張月ファンが増えているかもしれません。この本も管理人は最初は図書館から借りていたのですが、夏休みに借り占めると悪いと思いポプラ社から注文して購入しました。

帯には「『南総里見八犬伝の滝沢馬琴がのこしたもう一つの傑作『椿説弓張月』が、あらたによみがえる!」とあったので、タイトルが“椿説”ではないのと表紙に馬琴の名前が無いのは良しとしましょう。もちろんあとがきには馬琴の事は書いてありますしね。

著者の三田村信行氏は児童文学はオリジナルの物を何十年も手がけているベテランで、三国志や源平盛衰記など歴史物の児童書も執筆されているそうです。

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『少年少女世界の名作文学46(日本編2)』筒井敏雄著 小学館 1965年10月

椿説弓張月全編ではなく、為朝の出生から大嶋の戦いまでを描く。

大筋は原作に沿っているが、登場人物の心情や生活などが描かれており丁寧な印象を受ける。寧王女の出会いの場面とかは好きだな。

気になったのは、紀平治の通り名を「八方荒らし」で通していたり、幼少時の為朝が信西から「これ子ども、おまえの目は、ひとみがふたつずつある世にもふしぎな顔だ。」という?な記述もある。ちなみに挿絵は劇画調というのか?リアル系だ。

変更点。

尾張権守が敵で、為朝と白縫の結婚式に軍勢を率いて攻め込む。野風・八代・白縫・紀平治が暴れるのは面白かった。

為朝の奥さんは白縫姫1人だけ。為丸・朝稚・嶋君の3人も白縫の子供であり、舜天丸は出てこない。

にょこも登場しないが、簓江は役目を変えて登場する。鬼夜叉は少年だ。

ラストは史実の為朝はここで討ち死にしたとされる大嶋の戦いだが、この話では何とか皆無事に逃亡に成功。

大和には朝稚を送ったし、大和は平氏に任せ(つまり清盛は討とうとしない)て、為朝は一度会った寧王女を助けるため白縫・紀平治・為丸・嶋君・鬼夜叉他大嶋の人々と九州に残っている仲間たちを引き連れ、いざ琉球へ!でED。

なかなか燃えるラストだ。

ちなみに大嶋の戦いが起きた時の琉球は、大和時間ではまた寧王女は中城(東宮)に押し込められていた時だ。しかし琉球時間ではちょうど矇雲のクーデターが起こった年である。

「悲運の王女を助けるため、為朝と大勢の仲間たちが矇雲に挑む!」これはこれで面白い展開じゃないか。寧王女も白縫も生きていて、琉球王朝は寧王女が継ぐというオチにすれば舜天丸がいなくても良いだろうし。

しかし解説の「為朝の行き方から学ぶ物は、大嶋の為朝の生活でおわっています」は無いだろう。

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『少年少女のための国民文学24 椿説弓張月』 松尾靖秋著 福村書店 1961年

色々置いておいてまずページをめくったら真っ先に目が入るのが葛飾北斎画の原作絵なのは良い。しかし1ページ丸々使った前篇の白縫姫の紹介絵がトップなのはないだろ。あの絵の白縫姫は男の生首を洗っているのに。子供泣くぞ。私も恐かった。

すぐ読めるだろうと高をくくっていたら198ページもあって二段組、読者の年齢を考えて絵を多めにしたらしいが充分活字中心の構成。しかも文字が小さい。これが昭和36年の児童書か。こういうのが借りられるというのが凄いわ。

冒頭でこれはあらすじ状態になっていると断っているが、むしろ原作の細かいエピソードをきちんと拾ってあり決してダイジェストになっていない。特に女護が嶋と男の嶋関連のエピソードと朝稚のエピソードはかなり丁寧だった。むしろ全体的に丁寧で充分原作の内容は伝え切れていると思う。もちろん一つの物語としても面白い。

これが八犬伝の児童書になるとただ人気エピソードを拾い集める事に専念した超ダイジェスト児童書が結構見受けられるが。

しかし丁寧なので198ページ二段組でありながら原作の後篇で終わっている。琉球篇無しなのはいいとして船の沈没と一部キャラが助けられる危機的状況で普通終わるか?将来的に原作に取り組んで欲しいという冒頭の著者のメッセージの表れと受け取っておこう。

あと、幼少期の為朝に瞳が2つあるのは原作エピソードだったのか。

解説で当時の時代背景とその思想を子供向けに言及してあるのは好印象。子供に時代物を読ませて一番不安なのは昔の人々の考え方が理解できるかどうかだからだ。これは大人にも言える事で八犬伝の時代背景的には仕方ないのであり、「勧善懲悪とは聞いていたのに殺人シーンが多いので嫌」とか「封建的なのか良くない」とか言われても困るわけです。

似たような話ではアポロ陰謀論者と話をしてみたら、どうやら彼はかなり若く冷戦の事を全く知らないらしくて困った経験がある。いや私もリアルタイムでは冷戦は知らないが普通映画とかで知識は入ってこないか?その時代にはその時代の考え方があるのだから現代の目でとやかく言ったらおかしな事になる。

まあ殺人シーンに吃驚するのはまだ仕方ないか。その人は八犬伝を「日本のヒーロー物の古典。勧善懲悪モノ」と紹介されたらしいので今の子供向けの人を殺さない(大人の事情で殺せない)ヒーローを思い浮かべていたらしい。そっちは良いとしても封建時代の作品に対して封建主義を批判されてもな。

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『為朝物語ー椿説弓張月』 高藤武馬著 春陽堂書店 1977年

為朝物語というからには、てっきり保元の乱中心で大嶋の戦いまでしか書かれていないのかと思った。しかしそんな事は無く、きちんと残篇の最後まで書いてあった。それでも琉球篇以降は結構な端折り具合だったが。

基本的に原作に沿っているが省略しつつ微妙にオリジナル展開を入れてある。しかし八犬伝の時と違い圧縮は4分の1で済んでいる為、八犬伝ほど話の展開に無理があるわけではない。

でも八犬伝と比べればマシというだけで、弓張月も原作沿いで1冊の児童書にするには充分に長編で難しい題材だろう。

少なくとも今まで白縫が武藤太を拷問にかけるシーンを匂わせるレベルでも書いた児童書は一冊も見た事無い。武藤太はフェードアウトしているか最期が書かれても白縫とは全く関係ないかだ。

為朝が奥さんを何人も持ったり実在の上皇が魔道に入る場面は書けても、ヒロインが拷問を指揮する場面は書けないのだろうか。為朝が忠重の指を全部切り落とさせる場面は大体再現されているんだけど。

八犬伝の浜路も大概の二次作品では普通にヒロインヒロインしているからな。浜路が勝気なのは人形劇のノベライズかあべ美幸のマンガくらいだ。さすがに白縫は行動派だから拷問シーンが無いくらいで基本は勝気なんだけど。

というか白縫姫が普通の守ってもらう系足手まといお姫様に書くとしたら、弓張月のストーリー展開はどれくらい変化するだろう。浜路が死なない八犬伝よりも別物になりそうだ。

(2008.02.11)

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