Web小説 Restructure                     原作 周防 元水     
第19話

「ひとえに私個人の事情によるものなのに、この様なお手紙を差し上げてしまう失礼をまずお詫びしなければなりません。貴方にとってこの手紙は何の意味も持たないだろうという事は分かっています。分かってはいてもそう理解はしていても、今はこうして貴方に語り掛けずには居られないのです。私の気持ちをお察し下さい。できることならまたお逢いしたいと願ったりもするのです。でも、もうこの辺りにしなければという常識ある自分も出てきたりすると、こんな風にするしか自分というものを保っていくことができないのです。心の整理をしたくてお手紙を差し上げます。


 先日の突然のお伺いはどうぞお許し下さい。近くに居られると聞いて早速預かっていた本をお返しに上がりました。紀子さんがあんなに近くに居られたとは驚きでした。医院の場所は直ぐに分かりました。あの丘はとても静かで私には大切な場所となっていましたから。丘に登ってはこれまでどれ程町を眺め続けてきてきことでしょう。その先に貴方が居られたとは、私には大変な驚きでした。
 
 言葉では表現できない想いを初めて知ることができました。人の行いは、きっと、大きなものに意図され仕組まれそして導かれているのでしょう、そんな事を感じてしまうほど私は浮かれていました。しかし、正直に申し上げます。貴方を想い惹かれ逢いに行ったのは、きっと時の流れの必然だったのでしょう。あれほどまでに正直な自分に自分の全てを任せられたのは、きっと次へと歩む自分への定めに違いありません。私は、夢を探し求め、さまよって、たくさんの旅をした様です。見付からず探し求め続けたものは、身近な貴方への想いだったと今認めざるを得ません。貴方と離れそして逢えて、嬉しくて、ただそれだけで言葉にならない様が、あの様に貴方を戸惑せてしまいました。本当にどうかしていましたが、あの時は私にとって転機の瞬間でしたのであの様に裸の自分をさらけ出してしまいました。どうぞお許し下さい。

 貴方の優しさほど私の支えとなったものはありません。貴方に逢って、私は、偽らない自分がどれほど大切なのか思い起こすことができました。求め続けたものの在処を知ることができて、自分を縛っていた何かが解かれ溶けるように無くなっていくのを感じました。

 会社は紀子さんが居た頃とは大きく様変わりをしました。仕事量も徐々に回復をして会社が生まれ変わった様なそんな雰囲気となっています。でも、私には不思議と喜びが湧いてはきませんでした。会社が引ける頃にはひどく疲れている自分を発見してしまいます。丘の上の公園が自分を取り戻す場となっていた所以です。貴方の住む丘に通い続けて本当に長い月日が流れました。会社に留まった事は正しい事だったのでしょうか。いったいどんな生き甲斐がそこにあったというのでしょう。沢山の人の辛苦の果てには、優しさが待っている筈でした。辛く苦しい想いをしたその後には、人としての優しさが満ち溢れ、人は人として、真に仕事が生き甲斐となる筈でした。システムの前に平伏してただ利潤を上げる歯車と化していく、そんなモンスターにこうも容易に支配されようとは想いもよりませんでした。こころよりものが上だなんて、そんな事があって良い訳がありません。止むことのない合理化がいまだに繰り返されているとは、余りにも情けない事だと想うのです。私には生理的にどうしても受け入れる事ができないのです。
 
 紀子さん、私も企業評価をしたくなりました。いい頃合いだと想いませんか。生き甲斐のある職場へのシフトは以前から始まっていたのですから。
 

 香我美 紀子 様                           
                                                宮内 三郎      」

 三郎はもう一通、型通りの退職願も書き上げた。 

  Restructure 完   H15.08.23  

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