Web小説 森の中の企業                     原作 周防 元水     
第15話

 祥三のこだわった”十年後”は概容を見せ始め、のんびりとした世は少しずつ過去のものとなっていく。予定されていた如く企業の淘汰は進み、人々の心は急速に変容していく。冷たい夜の街角に占い師がひしめき明日という日を占う。人々の嘆きの声はネット上に吸収されTVの特集番組で吐き出される。仕組まれ巧妙に操作されていた時の流れは、避けることの出来ないものとして人々に諦めと共に偽りの幸福感をもたらしている。

 ある日、祥三の研究がどうなったのか気になり始めた。設定されたタイマーにスイッチが入るようにディスプレイに向かった私は、祥三からのメールが届いているのを見た。その驚きの内容に私は失った自分を発見した。私は今こうしてここに居て時の流れていくのを見守っていた。穏やかな暮らしが神の御加護であり自然の恵みであるとそう思っていた。祥三は森の中に生き、私はこの机上の狭い空間にかじり付き、お互い違う考えで違う世界に生き違う時の流れの中に居るのだと、私はそう思っていた。
 祥三からの突然のメールの存在は、この自然の流れを否定するものだった。私が何をしていてメールをいつ開けるのか、私の行動全てを見通しそして予測していたのだ。時の流れは仕組まれ巧妙に操作されている。この穏やかな暮らしはひとえに祥三の都合からきているものだった。
 メールに添付されたファイルには、後日発送という祥三の著作物の解説書が収められていた。解説書とはいえ難しい用語が並んでいる。それでも意味不明な言葉のつながりの中に祥三が意識的に分かり易く書いたと思われるページがあった。その内容に私は惹き付けられ釘付けとなった。それは要約された祥三の回顧録で、明らかに私のために追記されたものだった。届いた郵便物を飛び付くように受け取ると、私は真っ先にあの出来事のくだりを見ていた。項立てされページを割いて語られた内容は、数年前に行われた祥三自身に対する先行実験とその後行われた検証実験についてである。関連付けは数章の他のページにも及び被験者の”意志”の微妙な変化は行動面等あらゆる角度より詳細に捉えられていた。TVの特集番組「次世代新薬登場」とこの回顧録が重なると、私は時のモンスターの在処を知ると共にトラウマに支配された。
 厄介なことになる。祥三の目が行間に浮かび、山鳥の鳴き声が脳裏をかすめた。

                           「森の中の企業」 完   H15.02.26               

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