◎96年6月



[あらすじ]

 忘れていた記憶を題材とした8編の短編集。 表題作「前世の記憶」は、母の興した会社で形ばかりの副社長を務めている28才の男が、日頃悩まされている頭痛の原因を探るうち持ち合わせるはずもない40年前の記憶が次々に蘇り、ある事件の真相が明らかになっていく。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 以前読んだ「緋い記憶」や「私の骨」と同種の淡々とした静かな語り口ながら、短編1本1本が火曜サスペンス劇場になりそうな面白さを持っている。 ただ、子供の頃に衝撃的な体験をして無意識のうちに封じ込めていた記憶が何十年ぶりかで故郷を訪れたことを契機に甦り、事の真相が明らかになる、という筋立てはどれも同じようでもう少し変化が欲しかった。 中では幽霊話の「針の記憶」が最も面白かった。



[あらすじ]

 中堅会社の係長をしている三宅は、美人ではないが気立ての良い妻と東京近郊に家を持ちそこそこの平凡な幸せに満足していた。 そんな時、突然一人の女が彼の生活に乱入してくる。 中学時代に気まぐれで1度キスしただけの相手、しかし彼女の方は16年間、6000日もの間偏執的に彼を愛し続けていた。

[採点] ☆☆

[寸評]

 読み終わって暗澹とした気分になってしまった話でした。 まるで救いが無いというか、ホラーなんだから別にハッピーエンドでなくてもいいんだけど、平凡な幸せに浸っている家庭をここまで徹底的にぶちこわさんでも・・・。 残酷なラストは実に不愉快。 広畑克江の16年間の沈黙とその沈黙を突然破った理由もいまいち納得できん。



[あらすじ]

 英国情報部の元工作員クランマーは引退し、遺産で得た大きな屋敷で愛人エマと悠々自適の生活を送っていた。 しかし、昔の部下でやはり引退したラリーが突然エマと失踪。 元KGB工作員と組んでロシア政府から3700万ポンドもの大金をだまし取ったという。 イギリス、ロシア双方から共犯の疑いをかけられたクランマーはラリーを追う。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 ル・カレの作品は本当に久しぶりですが、ネタに困っている、とまず感じてしまいました。 話自体がいまいち乗らない。いっそ各国のスパイが暗躍した昔の時代を描いたらどうでしょう。 巨匠なりのうまさは感じますが、読む人が読めば知的で洗練された文章でも、凡人の私にはもってまわった比喩の連発で、さっさと話を進めてくれ、てなもんです。 ひたすら面白さを求める単純な私の趣味には合いませんでした。



[あらすじ]

 奥湯元あじさいホテル−通称「プリズンホテル」は、ムショ帰りやこれから警察に出頭しようというヤクザ者が逗留するようなホテルで、経営はもちろんヤクザ。 シリーズ3作目の今回は、常連の小説家に加え、救急病院で日夜人の生死を仕切っている看護婦、学校でのいじめに耐えかね山奥に自殺に来た少年らが登場する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 知的な文章に疲れたので今回はぐっとくだけた気楽な本です。 シリーズも3作目ともなると作者も手馴れたもので、映画の寅さんのように新しいキャラ(看護婦や山男など)をうまく配して暇つぶしにはちょうど良い出来。 破天荒な筋立てで面白いが、人情話が幾重にも絡んでいるので理屈抜きに笑えるところまではいきません。 やはり浅田次郎は
「地下鉄に乗って」が最高です。



[あらすじ]

 昭和5年東京。 アメリカ帰りの私立探偵、的矢健太郎にモガの代表のような女が人捜しを依頼してきた。 調査の過程で、中国からの密輸金塊強奪、枕絵師殺人、的矢の幼なじみがマダムをしているカフェの女給の心中事件などが次々に起こり、複雑に絡み合っていく。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 時代の雰囲気がとてもいい。 大正から昭和初期の新しい文化と古い文化が混在したモダン東京とシトロエンに乗る私立探偵の取り合わせは興味を引く。 しかし、本筋の物語の方は時代の雰囲気ほどスマートではない。 登場人物や事件が多すぎて整理されていないので、物忘れの激しい私などは頭の中で話がさっぱりつながらない。 最後の方で良いキャラクタを2人続けて殺してしまったのも、既にあるという後3作とのつながりのためだろうが惜しい。


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