◎23年10月


霜月記の表紙画像

[導入部]

 神山城下の歓楽街・柳町の料亭<賢木>。 草壁家の隠居・左太夫がこの店の離れに引き移って五年になる。 左太夫は十年ほど前まで長きに渡って家職の町奉行を務め、名判官と評判を得た。 そこに十八歳の孫・総次郎が訪ねてくる。 昨日、父の町奉行・藤右衛門が行き方知れずとなっていた折、今朝、城から使いが来て、かねての願い通り家督及びお役目相続を赦すという。 祖父は孫に、そなたが町奉行になるしかあるまいよと告げる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 神山藩を舞台とした時代劇三作目。 それぞれ特に登場人物等つながりはない。 前半は不審な事件が起こるものの、十八歳にして町奉行となった総次郎の苦悩が中心で、物語のテンポはスロー。 時代小説らしい情景描写は巧みだが、少々退屈。 一転、終盤は急展開。 豪快な剣劇場面もあり、スリリングな場面が続き、存分に楽しませる。 ぎこちなく不器用な親子三代という厄介な関係性の描写は特筆するほどでもないが、総次郎の親友の他家四男坊がキーマンとして面白い存在。


世界でいちばん透きとおった物語の表紙画像

[導入部]

 藤阪燈真の父親は宮内彰吾という有名なベストセラー推理作家だった。 といっても二十歳になる今まで一度も逢ったことはない。 不倫の末に生まれた子供だからだ。 母がまだ大学を出たばかり、二十代の頃の話だ。 宮内の方は妻子持ちで、母は養育費も受け取らず、校正・校閲の仕事をして燈真を産み育てた。 その母は燈真が十八歳の冬に交通事故で死んだ。 その宮内が死んだ。 訃報から1ヶ月後、僕の兄を名乗る男から電話が来た。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 凝りに凝った仕掛けが施された小説。 紙の本でなくては成立しない仕掛けは是非見て味わってほしいが、よくぞ一冊書ききったという感じ。 作家はもちろん、編集者、校正者にも多大な負担がかかったであろうことは想像に難くない。 仕掛けはともかく、純粋な推理小説として見た場合、出来はまあ普通というところ。 作家の遺稿探しは進捗が平凡な印象で、終盤の編集者の鋭すぎる謎解きも唐突に感じた。 主人公が特殊な病気に罹っているというあたりで少々しらけた。


十戒の表紙画像

[導入部]

 和歌山県白浜から沖合五キロほどにある枝内島。 周囲一キロに満たない小さな無人島。 所有者はわたし(大室理英)の伯父。 資産家だった伯父は手つかずの島を整備し、まるごと個人の別荘にした。 その伯父が三週間前、交通事故で突然亡くなった。 観光開発業者が島のリゾート化計画を提案し、島へ下見に行くことになり、大学受験浪人中の理英は父や工務店、不動産屋、伯父の友人らと同行することになった。 その島で事件が。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ラストが驚愕の
「方舟」の作者の新作。 九人で離島に渡り殺人事件が起きる。 しかし決して殺人犯を見つけてはならないという戒律が課される。 禁を破れば全員が死ぬことに。 本格推理ものらしいトリッキーな設定は面白いが、中盤は少しだれる。 犯人を割り出すロジックはガチの本格ものだが、ラストの真犯人の意外性はさほどでもなかった。 すべての犯行を犯人が行ったことにも少々疑問が残った。 読了後のネタバレ解説サイトを見て吃驚、必ずここまで読みたい。


ナイフをひねればの表紙画像

[導入部]

 作家ホロヴィッツが脚本を書いた舞台『マインドゲーム』がロンドンの劇場で上演されることになった。 地方巡業公演を経て、ロンドンでの公演にこぎつけたのだ。 初日の一階席には多くの劇評家が来場しており、ホロヴィッツは彼らを恐れていた。 この連中が書く批評によっては、最悪の場合、公演打ち切りにもなりかねないからだ。 特にサンデー・タイムズ紙のハリエット・スロスビーは悪意に満ちた批評を時に書いていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 著者ホロヴィッツ自身を登場させ、元刑事ホーソーンの推理が鮮やかなミステリーシリーズの最新刊。 今回はホロヴィッツが殺人容疑で警察に捕まるという設定が特別で、終盤には定石通りホーソーンが関係者を一堂に集めての推理開陳・伏線回収が見事。 中盤はちょっとダレるが、関係者の相次ぐ事情聴取で明かされる新たな話というのが次々面白いエピソード。 ただ、ホロヴィッツの容疑を固めた証拠が2点ばかり、最後まで言及されず仕舞いだったのには戸惑いが残った。


焔と雪の表紙画像

[導入部]

 元刑事の鯉城(りじょう)は京都で探偵事務所を開いている。 材木商の小石川市蔵へ依頼を受けた案件の報告を終えたところ、追加の依頼を頼まれる。 鹿ヶ谷に別荘を買ったが、その山荘に正体不明の化け物が出るようなので鯉城に確かめて欲しいという。 市蔵は敵対する材木商組合の仕業ではないかと考えている。 寝ずの番をするため鯉城は山荘に向かう。 するとその夜、山荘のどこかから酷くくぐもった奇妙な音声が響いてきた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 探偵業を営む鯉城と共同経営者の病弱な安楽椅子探偵・露木のコンビが、不可思議な事件の解明に挑む五編の連作探偵ミステリー。 いずれも大正時代の空気を感じさせるが、三話目までは比較的普通の本格推理ものという印象。 四作目、五作目はガラッと雰囲気が変わる。 四作目は露木の独白で、前三作に関する推理を一変させるとともに、鯉城に対する感情の吐露が激しく印象深い。 一方、五作目は鯉城が依頼主の薬業会社の奥方に心惹かれるハードボイルドもので、大変面白い。


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