◎23年3月


頬に哀しみを刻めの表紙画像

[導入部]

 庭園管理会社を営む黒人のアイク・ランドルフの家に警官が訪れた。 息子のアイザイアが同性婚カップルの白人の夫デレクと共に撃ち殺されたと告げられる。 何度も撃たれて。 そして息子たちの最愛の幼い娘、アリアンナが残された。 アイクは我が子が同性愛者という現実を受け止められていなかった。 警察の捜査は進まない中、デレクの父親のバディ・リーがアイクの会社を訪ね、ふたりで犯人を捜し出すことを提案する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
前作「黒き荒野の果て」に続き、ミステリーの主要な賞を軒並み連続で受賞した作品。 同性愛者への根深い嫌悪の中で息子を拒絶してきた二人の父親が、深い悔恨を胸に復讐に突き進む。 復讐劇自体に目新しさはなく、相変わらず警察の影は薄いが、全編疾走するクライムサスペンスの面白本。 哀しい男たちの挽歌だが、血で血を洗う暴力の嵐は前作よりもさらにヒートアップしており、サム・ペキンパーの映画ばりの凄絶さで、もはや戦争の域に達しているかのようだ。


しろがねの葉の表紙画像

[導入部]

 時は戦国末期、現在の島根県西部の貧村。 女子供も老人も総出で田に出て太陽が沈むまで働いたが、今年の夏は雨が多く、稲穂の膨らみは悪かった。 このままでは冬が越せない。 山を越えた石見の国には銀(しろがね)の山があり、銀を掘れば米が食えるらしい。 幼いウメの両親は生まれたばかりの弟も連れて逃散することを決意し、ある夜、隠田の米を持って逃げるが、追っ手に迫られる。 暗闇の中、ウメは崖から落ちてしまう。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 戦国末期から徳川初期、石見銀山を舞台に、山師の喜兵衛に拾われた少女ウメが、自らの居場所を求めて逞しく生きていく姿を描く大河小説。 当時の銀山の死と隣り合わせの繁栄の世界が詳しく描かれ、たいへん興味深い。 また、女であることの葛藤に苦しみながらも懸命に生き抜いていく主人公の姿は感動的。 さほど長くはなく最後は端折られてしまったのは残念だったが、全編波乱に富んだ物語はめっぽう面白く、引き込まれて読んだ。 直木賞受賞も頷ける作品。


方舟の表紙画像

[導入部]

 学生時代に遊んでいた友達で集まろうと裕哉が発起し、僕の従兄の翔太郎を加えた七人で、昨日から裕哉の家が所有する別荘に集まっていた。 今日は以前裕哉が見つけたという山奥の地下建築を目指していた。 地下建築は当然ながら地図には載っていない。 ようやく場所が分かった頃には日が暮れかかっていた。 入り口はマンホールみたいな上げ蓋。 八メートルほどはしごを伝うと足が地に着き、洞窟状に横穴が延び鉄扉があった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 地下建造物に閉じ込められた限られたメンバーの中での殺人の連続と犯人探しの本格ミステリー。 そしてタイムリミットが迫る中で地下からの脱出は成るかという極限状況ものでもある。 なぜ早く脱出の手を打たないのかというもどかしさがあり、また物語の中盤はややだれ気味だし、殺人事件のちょっとゲーム的な書き方は気になったが、とにかく終盤の大どんでん返しが凄い。 それは恐ろしいほどの衝撃があった。 状況の反転は鮮やかすぎるほど決まりました。


だからダスティンは死んだの表紙画像

[導入部]

 ボストン近郊の町に引っ越してきたロイドとヘン夫妻は、近所で開かれたブロック・パーティーでマシューとマイラのドラモア夫妻と知り合う。 両家は隣人同士だった。 後日、ロイドとヘンはドラモア家に招かれる。 ディナーの後、マシューの書斎に入ったヘンは暖炉の上に置かれたトロフィーを見つける。 それは2年半前に起きた、未解決のダスティン・ミラー殺人事件の現場から犯人が持ち去ったといわれるもののようだった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 隣家の夫が殺人犯だと確信した女性だが、彼女の主張はある事情から警察などには懐疑的に見られてしまう。 彼女は自ら調査を続け…というサスペンス・ミステリー。 複数の視点で語られる物語はテンポよく進み、徐々にサスペンス度は盛り上がり、面白く読ませるが、警察の対応はあまりにおざなり。 監視カメラの多いアメリカなら少し調べればアリバイは崩れると思うが。 肝心の真相はカンの悪い私でも途中で分かってしまい、結局驚きがなく終わってしまった。


木挽町のあだ討ちの表紙画像

[導入部]

 睦月(旧暦一月)晦日、雪の降る中、辺りが暗くなった頃、江戸は木挽町の芝居小屋、森田座の裏手で一件の仇討があった。 菊之助という若侍が博徒作兵衛を父の仇として勝負を挑み、堂々たる真剣勝負の決闘の末、作兵衛を討ち首級を上げたのだ。 それから二年後、菊之助の縁者だという青年武士がその仇討ちの詳細を知りたいと、仇討ちを間近で見た木戸芸者(芝居小屋の前で客に見所や面白さを伝える役)の一八を訪ねてくる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ミステリー仕立ての時代小説。 六章立てのうち前五章はどれも、菊之助の縁者が仇討ちを目撃した者たちに様子を聞くだけでなく、彼・彼女らの来し方を子細に語らせるという趣向。 この各人の過去の人生模様、我が人生の語りがそれぞれにとても興味深く、めっぽう面白い。 少しふくらませればどれも本1冊に出来そうなほど中身が濃い。 最終章が仇討ちの真相に迫るミステリーになっており、書名の「あだ討ち」も腑に落ちるが、ちょっとテンポが悪いかな。


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