◎22年5月


星のせいにしての表紙画像

[導入部]

 1918年、スペイン風邪が大流行するアイルランドのダブリンにあるカトリック系の病院。 もうすぐ30歳になるジュリア・パワーは産科・発熱病室で働く看護師。 病院は長引く世界大戦の影響で、ありとあらゆる人材、資材が不足している中、患者は普段の倍だ。 彼女は病室シスター代理としてひとりで病室を取り仕切らねばならない。 インフルエンザにかかった出産を間近に控えた妊婦がこの病室に運ばれる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 第一次世界大戦の最中、スペイン風邪(当時の新型インフルエンザ)が大流行している中で、誕生と死が繰り返される病院の産科・発熱病室で働く助産看護婦の奮闘する姿を描く。 出産だけでも大変なのに、インフルエンザの猛威で亡くなる患者が続出する状況がとにかく壮絶。 臨場感に満ちた主人公の語りで綴られていくのだが、出産場面の描写はたいへん生々しく、インフルエンザで患者が亡くなる場面もリアル。 戦争とウイルス禍、まさに今読むべき本だ。


燕は戻ってこないの表紙画像

[導入部]

 大石理紀、29歳、独身。 北海道の短大を出た後、実家近くの介護老人ホームの職員として二年半勤め、上京した。 今の仕事は病院の事務で、派遣だ。 9時間半も薄暗い病院にいて給料は手取りでたったの14万円。 閉店間際のスーパーで安くなった食品を買い漁り、光熱費を削り、徒歩で移動して交通費を倹約し、服は古着屋でしか買わない惨めさ。 同僚のテルにエッグドナーのバイトをしてみないかと誘われる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 地方出身で貧困にあえぐ女性が、高額な報酬と引き換えに国内では認められていない“代理母出産”を持ちかけられる。 主人公の揺れ動く心と無責任とも取れる行動。 非正規雇用、生殖ビジネス、女性の尊厳などテーマは重く鋭いが、物語はたいへんサクサク進み、ページ数はあっても一気に面白く読めるものとなっているのは流石だと思う。 少々嫌悪感を感じるような登場人物たち、ちょっと現実的でない、後味の悪い幕切れなどはいかにも桐野夏生らしい。


名探偵と海の悪魔の表紙画像

[導入部]

 1634年、オランダ東インド会社の拠点、バタヴィア(ジャカルタ)。 アムステルダム行きザーンダム号が出港準備を整えていた。 ザーンダム号はオランダに帰国する総督一行らを乗せ、七隻からなる東インド貿易船のガリオン船隊を率いていくのだ。 ところが準備を進める船の前に病者とおぼしき男が現れ、乗客すべてに無慈悲な破滅がもたらされ、船が目的地に到着することはないと叫び、男は炎に包まれる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 17世紀、インドネシアを出航した帆船で奇怪な事件が立て続けに起きる。 推理ものであるとともに、怪奇小説であり、海洋冒険小説でもあるゴシックミステリー。 時代の雰囲気が色濃く出ているが、ちょっと読みづらい。 前半はあまり動きがなく退屈に感じた。 後半は動きが続くがなにかゴタゴタした感じで、大きく盛り上がっていくところまでいかない。 名探偵と呼ばれる男も乗船はするが、捕縛され船倉に閉じ込められているので、ラストを除き拍子抜け。


黒き荒野の果ての表紙画像

[導入部]

 ボーレガードはアメリカ南部ヴァージニア州の町で自動車修理工場を営んでいる。 走り屋の彼は危険な裏稼業で運転手をしていたが、今は足を洗い家族と暮らしている。 ただ愛車ダスターを駆って、週末の闇レースには出たりしている。 近所に大きな格安の修理工場ができてからボーレガードの工場の経営は行き詰まってきた。 金策に奔走する彼に昔の仕事仲間ロニーが話を持ちかけてくる。 宝石店強盗の運転手。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 黒人を主人公にした典型的なアメリカン・クライムもの。 凄腕ドライバーが主人公ゆえ、改造車によるスピーディーなカーアクションは冒頭から全開だし、抑えがたい暴力衝動で激しい暴力描写も多い。 家族の絆がテーマのひとつで、また銃は誰でも持っているし撃ち放題という感じがいかにもアメリカものだ。 物語に警察の存在はほとんどなく、死人も次々に出る。 最期まで疾走する十分な面白本だが、子どもまで巻き込んでしまう銃社会の病根を思う。


砂嵐に星屑の表紙画像

[導入部]

 三木邑子は四十三歳、在阪テレビ局のアナウンサー。 ある理由により、十年間、東京に異動していた。 東京へ厄介払いされた形で、東京でも厄介者だった。 テレビ局は早期退職する者が多い。 邑子は仮に局を辞めたら何ができるのか。 どこかの事務所に所属して、ナレーションやイベントの司会をこなす。 その都度オーディションを受け、運良く仕事にありつけてもおそらく収入は今の半分以下だろう。 無理だ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 在阪テレビ局を舞台に、四十代の女子アナ、五十代の報道デスク、二十代のタイムキーパー、三十代のADと、それぞれ年代も職種も異なる四人を主人公に据えた短篇四編。 仕事や人間関係に悩みや生き辛さを抱えた人たちが、テレビ局という興味深い職場で働く姿が描かれる。 特にドラマチックなことが起きるわけでもなく、一、二話目は平板な印象だが、もがき頑張る後ろ二編は面白く読めた。 登場人物が皆、少しだけ前を向いていく姿勢は好感が持てる。


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