[寸評] 主にハリーの視点で語られる現在パートと、十代の頃からのアリスを描いた過去パートがほぼ交互に語られる。 そして過去パートは徐々に現在パートに融合していく。 最後まで緊張感のある、先を読まずにいられぬサスペンスミステリーだが、歪な人間関係が語られ、悪女ものとしても楽しめた。 80頁余りを残して真相は明かされてしまうが、大きな驚きと共にそれまでの謎が一挙に解けていく。 そこから最後は付け足しの感もあったが、悪女ものの終わりとして納得。
[寸評] 全編、特に物語というものはなく、主人公である老女カケイのひとり語りで終始する。 この語りが凄い独特の文章で、こういうものは初めて読んだ感じ。 語りに魔力があるな。 介護事業者の世話を受け、ちょっと認知症気味の主人公の思考は、過去と現在を縦横に行き来し、滑稽さと共に果てしない哀しみを宿している。 あまりにも短い作品だが、これ以上は続かないとも言えるか。 作者はケアマネージャーとして働きながら執筆したそうで、すばる文学賞を受賞。
[寸評] 抑えた筆致で綴られた佳品「高瀬庄左衛門御留書」に続く時代小説で、前作と同じ神山藩が舞台だが、特につながりはない。 全体は大きく二部に分けられ、藩の重職を担っていく三男を主人公に、かなり長い期間の物語だ。 情景など時代小説らしい描写は変わらず情緒深く、少々薄味にはなったが、家族・人の情もしっとりと描かれる。 静謐さが印象的だった前作に比べ、藩の激しい政争が中心で、後半はミステリータッチで動きは大きく、躍動感を感じさせた。
[寸評] 自殺を図った主人公が生と死の狭間にある謎めいた図書館にたどり着く。 そこにある本には彼女が選ばなかった人生の物語があり、それを自由に試すことができた。 奇抜な着想のドラマで、人生に無限の可能性を感じさせる物語。 人生は膨大な選択の積み重ねが今を作っているわけだが、いくつもの分かれ道の結果を見せていく。 主人公が体験する様々な人生が次々に趣向を変えて登場し、時にスリリング、時にユーモアを持ち、それぞれ面白い話になっている。
[寸評] 作者には珍しい歴史もので、太平の世における江戸幕府内の激しい権勢争いが主体。 三代将軍・家光の異母弟の保科正之を主人公としているが、政権内で権謀術数をめぐらす老中・松平信綱も陰の主役的扱い。 正之の誠実で清々しい描き方に好感。 長い年月を描く物語で、話は大奥内にも及び、紆余曲折ありで飽きさせず面白く読めたが、とにかく登場人物が多くて前半はちょっと混乱した。 由井正雪の取扱いはミステリータッチ、新解釈で驚かされた。