◎22年3月


アリスが語らないことはの表紙画像

[導入部]

 ハリーは、大学の卒業式を数日後に控えた昨日の朝、父の後妻のアリスから電話を受け、父、ビルの死を知らされた。 古書店を経営する父は、夕方、お気に入りの散歩コースである岸壁の遊歩道から足をすべらせて転落し、頭を打ったらしい。 ハリーは急ぎメイン州ケネウィック・ヴィレッジの家に戻る。 父の死は事故と思われたが、検屍解剖の結果、遊歩道から転落する前に誰かに頭を殴られていたことが分かる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主にハリーの視点で語られる現在パートと、十代の頃からのアリスを描いた過去パートがほぼ交互に語られる。 そして過去パートは徐々に現在パートに融合していく。 最後まで緊張感のある、先を読まずにいられぬサスペンスミステリーだが、歪な人間関係が語られ、悪女ものとしても楽しめた。 80頁余りを残して真相は明かされてしまうが、大きな驚きと共にそれまでの謎が一挙に解けていく。 そこから最後は付け足しの感もあったが、悪女ものの終わりとして納得。


ミシンと金魚の表紙画像

[導入部]

 病院というとこは、すかない。 病気持ちばっかりで胸糞わるい。 うつる菌がうようよいる。 ほら、あの子もあのじいさんも咳してる。 ね、みっちゃん。 あんなふかい咳がでる風邪はタチがわるいやつだ。 ちょっとあんたら、マスクぴったり口にして、上から手ぇあてて、咳しなしゃいよと、おしえてやる。 ふたりが同時にギロリとにらんだ。 ああ、やだやだ。 親切があだになった。 こっちの方がバツのわるいおもいだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全編、特に物語というものはなく、主人公である老女カケイのひとり語りで終始する。 この語りが凄い独特の文章で、こういうものは初めて読んだ感じ。 語りに魔力があるな。 介護事業者の世話を受け、ちょっと認知症気味の主人公の思考は、過去と現在を縦横に行き来し、滑稽さと共に果てしない哀しみを宿している。 あまりにも短い作品だが、これ以上は続かないとも言えるか。 作者はケアマネージャーとして働きながら執筆したそうで、すばる文学賞を受賞。


黛家の兄弟の表紙画像

[導入部]

 黛家は神山藩で代々筆頭家老を務める家柄。 十七歳の新三郎は黛家の三男だ。 新三郎は仲間の由利圭蔵と一刀流の道場に通っている。 今日は長兄の栄之丞と次兄の壮十郎に誘われて、道場帰りに鹿ノ子堤へ花見にやってきた。 そこで大目付の役を務める黒沢家のひとり娘りくから花見の宴に誘われる。 遠慮しておきましょうと栄之丞は返すが、そこに代わりに呼ばれようかと粘つくような声が降りかかる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 抑えた筆致で綴られた佳品
「高瀬庄左衛門御留書」に続く時代小説で、前作と同じ神山藩が舞台だが、特につながりはない。 全体は大きく二部に分けられ、藩の重職を担っていく三男を主人公に、かなり長い期間の物語だ。 情景など時代小説らしい描写は変わらず情緒深く、少々薄味にはなったが、家族・人の情もしっとりと描かれる。 静謐さが印象的だった前作に比べ、藩の激しい政争が中心で、後半はミステリータッチで動きは大きく、躍動感を感じさせた。


ミッドナイト・ライブラリーの表紙画像

[導入部]

 ノーラ・シードが死を決意する二十七時間前、飼っていた猫のヴォルトが死んだ。 ランニング中だった顔見知りの外科医をしているアッシュが道路脇で見つけてくれたのだ。 そして死を決意する九時間前、ノーラは午後のシフトに入るため、勤め先の楽器店へとやってきた。 しかし店主のニールから、不景気で給料を払う余裕がなくなったとクビを宣告される。 ノーラは目的もなくベッドフォードの街並みを彷徨う。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 自殺を図った主人公が生と死の狭間にある謎めいた図書館にたどり着く。 そこにある本には彼女が選ばなかった人生の物語があり、それを自由に試すことができた。 奇抜な着想のドラマで、人生に無限の可能性を感じさせる物語。 人生は膨大な選択の積み重ねが今を作っているわけだが、いくつもの分かれ道の結果を見せていく。 主人公が体験する様々な人生が次々に趣向を変えて登場し、時にスリリング、時にユーモアを持ち、それぞれ面白い話になっている。


真・慶安太平記の表紙画像

[導入部]

 寛永七年(1630)6月。 三万石という小藩の信濃高遠藩の江戸での上屋敷は鍛冶橋門の内にある。 屋敷の中で幸松は無聊を持てあましていた。 一月に呼び出しを受けて出府し、もう半年。 これではまるで蟄居の身だ。 幸松は二代将軍・秀忠の四男。 七つの歳に信濃高遠の地を領する保科肥後守正光の養子となって早十三年が過ぎた。 そんな折、年寄筆頭からの使者が、正光に幸松を連れて本丸へ登城せよという。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者には珍しい歴史もので、太平の世における江戸幕府内の激しい権勢争いが主体。 三代将軍・家光の異母弟の保科正之を主人公としているが、政権内で権謀術数をめぐらす老中・松平信綱も陰の主役的扱い。 正之の誠実で清々しい描き方に好感。 長い年月を描く物語で、話は大奥内にも及び、紆余曲折ありで飽きさせず面白く読めたが、とにかく登場人物が多くて前半はちょっと混乱した。 由井正雪の取扱いはミステリータッチ、新解釈で驚かされた。


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