◎21年3月


看守の流儀の表紙画像

[導入部]

 加賀刑務所は金沢の南東の山間部、医王山という山の中腹にある。 受刑者は五百人、刑務官は百三十人。 規模としては小型の地方刑務所だ。 夜の八時を回った頃、所内にけたたましい警報音が鳴り響いた。 刑務官の誰かが非常ボタンを押したのだ。 場所は生活棟。 窃盗の累犯で収容されている蛭川という受刑者が薬をアルミケースごと飲んで倒れたのだ。 警備指導官の火石が救急車を呼ぶよう指示を出す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 刑務所が舞台の五編の連作短編集。 主役は囚人ではなく刑務官。 いずれの話も横山秀夫の警察小説を思い起こすような、張り詰めた緊張感を感じさせる。 それぞれミステリーとして上手に着地させているが、とりわけ最終話にはまいった。 倒叙もののようなひねりがひとつ入った後で、前四編にも関連した大きな衝撃が加えられる。 勘のいい読者なら途中で気づいたかもしれないが、私は完全に騙されました。 読後感も良く、濃い人間ドラマとして見事な作品。


高瀬庄左衛門御留書の表紙画像

[導入部]

 高瀬庄左衛門は神山藩で郡方を務めている。 五十を前にして妻を亡くし、倅の啓一郎とその妻の志穂、小者の与吾平と暮らしていた。 啓一郎も郡方づとめで、二人の職禄を合わせても五十石相当の身代だ。 啓一郎は今日から五日ばかり、与吾平を連れて郷村廻りに出た。 降り始めた雨は翌日も勢いを増す中、与吾平が濡れねずみになって駆け戻ってきた。 啓一郎が村はずれの崖に落ち、亡くなったという。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 抑えた簡潔な筆致で綴られる時代小説の佳品。 巻頭、いきなり息子が亡くなってしまい、嫁を実家へ戻し、小者に暇を出してひとり暮らしとなる主人公の姿が、動き少なく静かに描かれていくが、退屈さはまったくない。 話は中盤から大きく動き、図らずも藩の政争に巻き込まれ、終盤には緊迫感に満ちた激しい剣劇場面も用意されている。 登場人物はいずれも個性豊か。 言葉少なに交わされる主人公と嫁の志穂との抑えに抑えた心の交流が胸に沁みる。


インビジブルの表紙画像

[導入部]

 敗戦後、日本の内務省警察はGHQにより解体され、新たに施行された警察法のもと、人口五千人以上の市町村には米国式の自治体警察と零細町村部を所管する国家地方警察の二本立てに再編された。 新城は大阪市警視庁が発足した翌年に卒業配属となり、29年の今は東署の刑事課一係にいる。 土曜の夕刻、居酒屋でサボっていると当直班長から店に電話。 新城は殺人事件の現場に向かうことになる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 戦後の一時期に存在した大阪市警視庁の刑事を主人公とした警察小説で、複雑な警察組織が興味深い。 中卒の新米刑事が帝大出の国警の警部補と組んでのコンビが、連続殺人事件の謎を追う。 全体として猥雑とした戦後混乱期の市井の雰囲気が良く出ているリアルな作品と思うが、推理ものとしてはちょっとごちゃごちゃした感じ。 大藪春彦賞を受賞。 直木賞は候補まで。 入り組んだ人物相関で、登場人物の一覧表が欲しかったな。 採点はちょっと辛め。


雨と短銃の表紙画像

[導入部]

 慶応元年七月の京都。 徳川幕府と敵対する長州藩の桂小五郎は薩摩藩と手を握るため、土佐藩士の坂本龍馬と中岡慎太郎を仲介役として、薩摩藩邸の西郷吉之助のもとに送り出した。 二人には護衛として長州藩士の小此木鶴羽を付けていた。 その小此木が西陣の村雲稲荷境内で斬られ意識不明となった。 龍馬が斬られた小此木を見つけた時、その脇には薩摩藩士の菊水簾吾郎が血塗れで立っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 前作
「刀と傘 明治京洛推理帖」に続いて尾張藩の公用人・鹿野師光が事件の謎に挑む時代本格推理長編。 時代は少し遡って幕末が舞台、ちょうど前作の前日譚になっている。 坂本龍馬に頼まれて鹿野師光が消えた下手人を探すのだが、足を使って様々な場所を探り徐々に核心に近付いていく様子が丹念に描かれる。 実在の人物を多数登場させ、時代の空気感も表現されている。 人物が錯綜して混乱しかけたが最後まで面白く読み切った感じ。


燃える川の表紙画像

[導入部]

 ダートマス大学に通う親友同士のウィンとジャックの二人は、カナダ北東部をカヌーで湖を巡り川を下る旅をしていた。 昨日から二人は煙のにおいに気づいていた。 島に上陸して小山の頂上に着くと北西の方角、はるか彼方にオレンジ色の光が見えた。 山火事は想像以上に大きい。 彼らの今のペースだと、近くのウォパハク村まで少なくとも二週間はかかる。 山火事を目撃して三日目、霧の中で男女の争う声を聞く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 山火事との闘いに、不審な男との遭遇、そしてその妻とみられる瀕死の女性を救助したことによるサスペンスが加わったサバイバル冒険小説。 静かな湖、川の急流下り、釣りなど大自然の中での旅の描写が豊かで清々しく美しい。 一方、山火事の描写はかなりの迫力で自然の猛威のすさまじさを見せつける。 人間同士のトラブルはひねりはないが、驚きのラストまで緊張感を保った展開が続く。 銃社会の怖さも見せた。 エドガー賞の候補にもなった作品。


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