◎21年9月


まだ人を殺していませんの殺人の表紙画像

[導入部]

 新潟で一週間前から五歳の女の子の行方が分からなくなっていたが、自宅に遺体を遺棄した疑いで南雲勝矢容疑者が逮捕された。 容疑者の自宅からは女の子ともうひとりの遺体が発見された。 葉月翔子はテレビのニュースを見て戦慄していた。 南雲勝矢は翔子の姉の詩織の夫で、姉は9年前に長男の良世を出産後に亡くなった。 県議会議員の娘と結婚し義父の議員秘書をしている兄からスマホに着信が入る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主人公は以前、娘を亡くしている。 その彼女が叔母の立場で殺人容疑者の息子の九歳の少年を引き取る。 心を開かない少年との日々。 殺人者の息子という個人情報が思わぬところから洩れ広がっていくネット時代の怖さ。 たいへん重いテーマで読むのもつらい作品だが、物語自体はスムーズなテンポで進んでいく。 少年にまだ秘密があるのではと匂わせるサスペンスタッチも相まって、最後までしっかり読ませる。 ラストの一筋の光にすがる思いにさせられる。


見知らぬ人の表紙画像

[導入部]

 クレア・キャシディはイギリスの中等学校タルガース校の英語教師。 夫とは離婚し、15歳の娘のジョージアと暮らしている。 校舎の旧館はヴィクトリア朝時代の作家ホランドの邸宅だった。 クレアはホランドを研究して伝記を書いている。 ある日、クレアの親友で同僚の英語教師エラが自宅で殺害される。 複数回刺されたらしい。 さっそくクレアの家にサセックス警察のカーという女性部長刑事が捜査のために訪れる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 物語はクレアとカー部長刑事、そしてクレアの娘ジョージアの3人の視点を変えた交互の語りで進められ、加えて作中作「見知らぬ人」が所々に挿入される。 解決の糸口も無いまま第2、第3の事件が次々に起こりテンポよく、ゴシックの雰囲気で面白く読める。 本の帯には「この犯人は、見抜けない。」とあるが、確かに意外な人物ではあった。 それでも物語の語り口からか、さほどの驚きは無かったように思う。 アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀長編賞受賞作。


身もこがれつつの表紙画像

[導入部]

 文暦二年(1235年)、世に並びなき和歌の権威として響いている藤原定家は齢七十四。 今日は息子の為家と共に、嵯峨にある宇都宮蓮生の山荘を訪れていた。 蓮生は為家の妻の父にあたる。 そこで蓮生から重大な話題が飛び出した。 十四年前、後鳥羽院は執権北条義時に対して討伐の兵を挙げたが、無残な敗北を喫して隠岐へ、子の順徳院も佐渡へ流された。 それが許されて還御されそうだというのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 小倉百人一首の選者として知られる藤原定家の三十一歳から七十四歳までが描かれる。 動乱の大和の国において和歌で戦う者どものドラマであり、定家と親友かつ恋人であった藤原家隆、主君の後鳥羽院との愛憎のドラマでもある。 物語は六章立てで五つの時代が語られる。 和歌が物語中のいたるところに差し挟まれ、歌で競い合う雅な者どもの姿、百人一首の成り立ちなど、たいへん興味深い。 おっさんずラブの世界は個人的にはちょっと…ですが。


琉球警察の表紙画像

[導入部]

 昭和27年10月、琉球一帯をUSCAR(琉球列島米国民政府)が実質的に統治する時代、十八歳の東貞吉は警察官に採用され、那覇市の琉球警察学校に入所した。 徳之島出身の貞吉はシマンチュ(奄美人)として見下され学校の教練でもしごかれるが、彼は堪えた。 そして半年間の研修が終わり、貞吉は名護警察署に配属となる。 名護署では昭和28年7月、所轄する大宜味村で未曾有の大事件が起こる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 戦後の沖縄を舞台に、奄美出身の青年が公安警察官として活動する姿を描くバイオレンス・ロマン。 沖縄人民党の実在の政治家・瀬長亀次郎を登場させ、彼の不屈の抵抗活動が詳しく描かれたいへん興味深い。 主人公は人民党の末端の純粋な若者をスパイに仕立てるが、彼自身米国支配に反発を感じ葛藤する。 南国の空気感ゆえか公安警察ものとしては冷たさが足りないと感じたが、最後の瀬長亀次郎狙撃の企てまで、サスペンスたっぷりに読ませる。


ヨルガオ殺人事件の表紙画像

[導入部]

 クレタ島でホテルを経営する元編集者のスーザン・ライランドのもとに、英国で五つ星ホテルを所有する裕福な夫婦が訪ねてくる。 彼らのホテルでは8年前、フランク・パリスという男が殺され、従業員のルーマニア人の男が逮捕されていた。 ところが最近ある本を読み事件の真相を見つけたと連絡してきた娘が失踪したと言う。 その本はアラン・コンウェイによるミステリー『愚行の代償』でスーザンが編集した本だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「カササギ殺人事件」の続編という位置付けだが、単独作としてまったく問題なく読める。 上巻の前半が現代パート、後半から下巻の前半が『愚行の代償』をまるまる載せ、後半は再び現代パートに戻って謎解きという構成。 『愚行の代償』だけでも十分に面白いが、さらに現代パートで犯人当てミステリーとして2倍楽しめてしまう。 どちらも細かく鋭い推理に舌を巻く。 ただし両作とも登場人物が非常に多いので、随時登場人物表を見返しながらの読書となった。


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