◎18年11月


カササギ殺人事件の表紙画像

[導入部]

 1955年7月23日、サクスビー・オン・エイヴォンの聖ボトルフ教会では、パイ屋敷の家政婦メアリ・ブラキストンの葬儀が行われようとしていた。 彼女は、主人夫婦が旅行中の屋敷の中で階段の下に倒れて死んでいるのが発見された。 掃除機のコードに足を引っかけて転落したらしい。 屋敷には中から鍵がかかっていた。 息子のロバートは28才。 つい最近、ロバートが母親と激しい口論をしているのを村人が見ていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 上巻が「カササギ殺人事件」というミステリー作品の結末直前まで。 下巻が現代パートで、この作品の担当編集者が結末部分を追う中で衝撃の事件が起こる。 まさに1つの作品で2倍楽しめる。 クリスティへのオマージュという上巻の伝統的ミステリーの雰囲気がわくわくするような面白さ。 一方、下巻は様々な登場人物が入り乱れ、現代ミステリーとしてスピード感のある仕上がり。 そして作中作の結末部分、現代パートの謎解き、いずれも見事と唸らせる。


ドライブインまほろばの表紙画像

[導入部]

 奈良県南部、深い山々に囲まれた秘境の村。 「ドライブインまほろば」はそんな村の旧道沿いにぽつんと建っている。 1970年代、高松塚古墳の壁画発見の万葉ブームの頃、祖父母が開業した。 あれから半世紀、祖父母は亡くなり、「まほろば」は10年近く前に閉店し、その後は貸店舗だったが借り手が撤退。 比奈子は、皆の反対を押し切って今年の初め「まほろば」を再オープンした。 だが予想通り客は来ない。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 出てくる登場人物がみな不幸を背負っており、彼らが絡むことによってさらに事態は深刻な様相を呈していく。 辛い不幸話というのは読むのも辛い。 そこに小さな子どもが絡ませてあるので、いっそう辛くなってしまう。 中盤、「まほろば」での主人公と子供たちのひとときの平穏も、先を考えると長くは続かないと分かるので、穏やかには読めない。 物語として結局は丸くおさまるものと思ってはいても、終盤の展開は緊張感に満ちた息詰まるものだった。


あなたはここで、息ができるの?の表紙画像

[導入部]

 私はララ。 たったの二十歳で、SNS中毒で、アリアナ・グランデになりたくて、要するに普通の、ありがちな、どこにでもいる女の子だった。 今、私は一人きりで、誰にも気づかれないまま、死んでいこうとしている。 目を開けたまま顔は横向き、 頭の後ろ半分が抉れて無くなり、開いた大穴から脳みそがこぼれてる。 少し離れたところに倒れたバイクが一台。 さらに離れたところに元ヘルメットが割れて潰れている。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 「絶対、最強の恋愛小説」という謳い文句なのだが、物語の初めのほうで登場するので書いてしまうが、宇宙人が出てきたところから、結局最後まで、読んでいてずっと“はてなマーク”だった。 私としてはやはりオーソドックスな恋愛小説が読みたかったところ。 時間ループの展開は面白いけど、話についていけませんでした。 泣いた読者がいるそうだが、もはやこの物語を読んでさっぱり泣けない自分は、若い感性からほど遠いところにいると感じた次第。


変わったタイプの表紙画像

[導入部]

 Mダッシュ、本名モハメド・デイアクス=アブドはまもなく正式なアメリカ市民になろうとしていた。 そこで僕らは由緒正しき記念品を贈ろうと考えた。 ウェアハウスにラジオフライヤーの子供が乗って遊べるワゴンがあった。 買い物を終えると雨が降り出し、アンナはなんとなく僕の家で雨宿りをすることになった。 アンナは高校時代から知っているが、大人になってからぐんと近づいてしまった。 (へとへとの三週間)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 アメリカの俳優トム・ハンクスの小説家デビュー短編集。 短編12編に地方紙記者のコラムを模した4編、脚本のような1編からなる。 良きアメリカの空気とほのかなユーモアを感じさせ、十分な娯楽性を併せ持つ物語は、どれも非常に水準が高いものと感じた。 俳優や監督として映像表現に長く携わってきたからか、文章を読んでその場面場面が鮮やかに浮かび上がるような感覚。 さまざまな趣向が凝らされた作品集で、いずれも甲乙つけがたい面白さ。


狂犬の眼の表紙画像

[導入部]

 広島県警の日岡秀一は、一昨年四月に呉原東署捜査二課から比場郡城山町の駐在所へ異動になった。 階級は巡査のままだ。 二年前の凄絶な暴力団抗争事件に日岡は深く絡んでいたが、逮捕された組員の弁護士が、捜査段階での違法な情報収集や組員への暴行、脅迫について警察関係者に証言を求めた。 抗争事件の裏を知りすぎた日岡は上司の説得を退け証言台に立った。 そして僻地に左遷されたのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全編一気読みだった
「弧狼の血」の続編。 前作で新人暴力団係としてスタートした日岡が、左遷された地で再び暴力団抗争に深く関わっていく様子が、前作同様スピーディーに描かれる。 日岡の行動は警察官としては否定すべきことばかりだし、ひたすら親分絶対の任侠道も現実味はともかく、エンタメ小説としてはなかなか面白い。 前作のインパクトには負けるが、強烈な個性を持った登場人物たちによる、先の読めない展開の物語は十分楽しめる。


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