◎21年10月


機龍警察白骨街道の表紙画像

[導入部]

 国内最大の重工業メーカーの社員が日本初の国産機甲兵装の開発に係る機密を密かに持ち出し他国に売りつけようとした。 男は逮捕寸前に国外逃亡し国際指名手配されていたが、ミャンマー奥地で逮捕され現地の労働収容所に拘留された。 収容所があるのは国軍と少数民族の武装勢力との衝突が頻発している危険な紛争地帯。 官邸は、男の身柄引き渡しを受けるため、警視庁特捜部突入班の3人を指名した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 シリーズもの最新作で、私は短編集の
「機龍警察 火宅」しか読んでいなかったが特に問題なかった。 物語は、指名手配犯の身柄を引き受けた警視庁特捜部突入班3人に襲いかかる試練のミャンマーパートと、国産機甲兵装導入を巡る政界を巻き込んだ贈収賄の捜査を中心とした日本国内パートが交互に描かれる。 とりわけミャンマーパートは圧倒的な戦闘アクションの連続にミステリー味も加え、政治・民族問題に揺れる現地のリアルもあり、存分に楽しめた。


とにもかくにもごはんの表紙画像

[導入部]

 松井波子は月二回、子ども食堂を開催している。 近所の閉店したカフェを無料で借りて、第二・第四木曜日の午後五時から八時まで。 メニューは一種類。 子どもは無料で、大人は三百円。 スタッフは五人で波子が全体責任者。 多衣さんと久恵さんが調理担当。 大学生ボランティアが二人。 鈴彦くんが配膳担当で、凪穂ちゃんが受付担当だ。 今日で通算五回目の開催だが、今のところ利用者は一回約二十人。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ある子ども食堂に集う運営者側、利用者側双方のさまざまな人々を語り手として、ある一日を描く十章の物語。 もちろん大人の章もあれば子どもが語り手となる章もある。 大小問わずいろいろな事情を抱えながらの人々の、人生の一部を切り取ったような小さな一軒の子ども食堂での一日。 格別これと言った大きな出来事が起こるわけでもない話だが、作者らしい優しい話が温かく穏やかに綴られていく。 そして最後にドカンとくるのだが、これにはやられたな。


傷痕のメッセージの表紙画像

[導入部]

 純正会医科大学付属病院の病理診断室が水城千早の先週からの職場だ。 千早の専門は腹部外科だが、この病院では伝統的に中堅医局員に一年間の病理部への出向を課していた。 千早は手間と時間のかかる病理診断の作業にため息をついていた。 おまけに大学時代の同級生の刀祢紫織が指導医というのも居心地が悪い。 定時で仕事を終え、外科病棟へ向かう。 そこの個室病室には末期癌の父がいる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 女医二人とはぐれ刑事が連続殺人事件の犯人を追う医療サスペンスミステリー。 胃の内壁に暗号を残すという現役医師の作者にしか書けないような仕掛けは面白いが、その暗号を主人公らが意外と簡単に解いてしまうところは拍子抜け。 緻密な犯行とも思えないのに警察捜査の空回り具合にしろ、いろいろ突っ込みどころの多い話だった。 家族の話もちょっと無理やり感があったが、それでも展開はスムーズで読みやすく、意外な犯人には驚かされた。


水よ踊れの表紙画像

[導入部]

 二十歳の瀬戸和志は以前父親の仕事の都合で四年間香港に住んでいた。 帰国後横浜の高校に編入し、T大学工学部建築学科に進学。 そして今年九月から来年六月まで交換留学生として香港大学建築学院二年生として生活するため再び香港にやってきた。 香港は来年1997年7月、イギリスから中国へと回帰する。 このところ香港では日本で言うところの尖閣諸島の領有権を主張する保釣運動が盛んだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 イギリスから中国に返還される直前の時期の激動の地・香港を舞台に、恋人の死の謎を追う日本帰化青年の一年弱が描かれる青春小説。 さまざまな試練、困難にくじかれながらも闇雲に真実を追い求める主人公の危うい若さが眩しい。 やがて主人公も否応なく社会の波に巻き込まれていく。 中国への回帰に揺れる香港の社会、民衆、とりわけ学生たちの姿が生々しく躍動感を持って描かれ、最近の香港の民主化を巡る状況も重なって、興味深く読んだ。


木曜殺人クラブの表紙画像

[導入部]

 物語の舞台は“イギリス初の高級リタイアメント・ビレッジ”という謳い文句の高齢者施設クーパーズ・チェイス。 六十五歳以上の三百人ほどが暮らしている。 元看護師のジョイスはエリザベスから<木曜殺人クラブ>に誘われる。 クラブのメンバーだった元警部が引退間際に持ち出した未解決事件の捜査ファイルを使って、探偵の真似事をしてその推理に興じる会だ。 やがて本物の殺人捜査を行うチャンスがやってくる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 英国で100万部突破のベストセラーミステリーで、英米の書評誌で軒並み絶賛という作品だが、私にはちょっと苦しかった。 いかにも英国的ユーモア・ウィットに富んだ語り口は楽しめるし、元気な高齢者たちもいいが、登場人物が多く人物関係がわかりにくくて話についていくのがたいへん。 物語中に出てくる英国の有名人名やテレビ番組名などはよく分からない。 肝心の謎解きや真相も、もうひとつすっきり理解できなくて、モヤモヤしたまま終わってしまった。


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